行政の世界で感じた戸惑いとやりがい
── ホテルから神戸市役所に移られたのはなぜでしょうか。
松下さん:
ホテルのPRのため、いろいろな新聞やテレビ、雑誌などに宣伝する機会がありました。そうすると、「神戸って何があるんですか」と聞かれるわけです。そこで「ホテル」という枠組みを飛び出して「神戸」について考え始めました。
そのうちにだんだんと、神戸そのものをPRしたいと思うようになりました。そんなとき、2010年に神戸市が「広報の専門職員を募集する」と発表したんですね。それを知った瞬間、「これだ!」と思ったんです。
石橋を叩いても渡らないような性格なのに、そのときだけはすぐに上司に「退職します」と言いました。上司は「退職するのは受かってからいいんじゃないか」と言ってくれましたが、「いえ、こんな気持ちで勤めるわけにはいきません」と固辞しました。
──「落ちるかもしれない」との不安はなかったのでしょうか。
松下さん:
ホテルの仕事というのは、転職が珍しくない世界です。なので、場所にこだわらないのであればどこかに仕事はあるだろう、と考えてました。そうしたら、挑戦しない手はないですよね。
── 行政の世界に飛び込んでみて、いかがでしたか。
松下さん:
最初は戸惑うことも多かったです。しかも、私は「神戸のすばらしさをいろいろなところでPRできる!」と意気込んでいたのに、市役所としては「市の施策を市民に正しく広報すること」がいちばんの狙い。入ってみてからそのギャップに気づきました。
考え方も違いました。最初に広報誌で特集を任されることになったとき、どんな施策を市民に広報したいかと聞くと、「行財政改革ですかね」との答えが返ってくるんです。私が「それって本当に市民が知りたいことですか」と聞くと「違うんですか」と。
「いやぁ、会社が潰れたらどうなるとか、介護が必要になったらどうなるとか、そういうことでしょう」と言って、私が担当する特集の一回目では雇用の話を取り上げることにしました。
── 市役所では、外から来た人間への反発はなかったのでしょうか。
松下さん:
面と向かって反発する人はいませんでしたね。みんな温かく見守ってくれて、いろいろな人が教えてくれました。最初はわからないことが多くて困ることもありましたが、ちょっと経ってくると私も腹が据わってきて、「私がわからないことは市民もわかりません」と聞いていました。
── どういった点にやりがいを見出していたのでしょうか。
松下さん:
仕事をするうちに、私がずっとやりたかった神戸のPRの仕事もできるようになってきました。 街の人に会いに行くと、「神戸市広報課」の名刺を出すだけでみんな喜んで話をしてくれるんです。「私ひとりのためにこんなに喋ってくれるんだ」ということがすごく楽しくて。休日も含めできる限り外出し、街の人とお話しすることを大切にしていました。