通訳者としてハリウッド俳優からの信頼も厚く、数多くの有名映画作品の字幕を手がけている翻訳家の戸田奈津子さん。86歳の現在も翻訳の仕事を続けている戸田さんに、昨今の英語教育や「好きだから続けられている」という仕事について伺いました。
話すことよりも大事な基礎
──戸田さんは英語を学ぶうえで大切なことはなんだと思いますか。
戸田さん:
英語というとみなさん、話すことが重要と思っていますよね。もちろん話すことも大事ですが、土台がないと正しい英語は話せません。話せればいいと思って子どもに英会話を教えても、ある程度までの習慣は付きます。でも理屈がわかっていなくて、ただのまる覚えではそれ以上は伸びません。
暗記したこと以外話せないのは困るわよね、オウムじゃないんだから人間は。
大学入試レベルの難しいことを学べと言っているわけではありません。3人称現在のsを落とさないとか、最低でも中学レベルの基礎は学ぶべきだと思います。どんな仕事だって基本が大事って、みんな口を揃えていうでしょう。
英語もそうですよ。まずは基本、そしてそれを積み上げていく。理屈がわかっていれば、「ここをこう変えて話そう」と応用が効く。勉強というのは頭を働かせることではないでしょうか。
──最近では小さいうちから英語教育を始める家庭も多いです。
戸田さん:
英語の勉強が悪いとは言わないけれど、それと同じことをぜひ日本語でもして欲しいわね。本が読めない頃から、英語の勉強をさせられたら日本人らしさが失われてしまいます。日本人ならば、まず日本語を学ぶべきでしょう?
それに、果たして100人のうち、一体何人が将来、英語が必要な仕事をするのでしょう? 大半は日々、日本語を使って生きるのです。日本で暮らす日本人としては、日本語がきちんとできることが重要だと思います。
日本語が正しく使えない日本人は、人としてアイデンティティがなくなってしまいます。その人のルーツとなるものが言語だから。それがなく生きていくのは、足元に大きな穴が空いているようでおぼつかないと思いますよ。
──戸田さんは日本で英語を学んだそうですね。
戸田さん:
私が初めて外国に行ったのは40歳を過ぎてからです。英会話をしたのも30歳を過ぎてから。海外旅行に行ける時代でもないし、留学ができるのは本当にひと握りの人だけでした。今のようにバイリンガルの人もいなければ、外国人が周りにいたわけでもなかった。
海外での国際会議の場では、ほとんどの日本人は日本語をしゃべり、通訳をつけています。でも他の国の方々はたいてい英語を話していますよね。確かにヨーロッパの言葉は、親戚同士みたいに語源が似ていますけど、東洋の言葉はまるっきり赤の他人みたいなものだから、日本人が英語を学ぶのは本当に難しい。
でも間違ったって良いの。間違いを自覚することが “学び”で、次から間違えなくなる。恥をかくことを恐れてはいけない。私なんか恥のかきっぱなしです。それでも挫折せず、自分の思いを少しでも相手に伝えたいと努力を続けることです。