「マキヒロチの漫画なんて、見たい人は世の中にいない」
── そこまで時間や労力をかけて下準備をして、実在する物事の情報を丁寧に届けられる理由はどういったところにあるのでしょうか。
マキさん:
まだヒット作どころか単行本も出せていない頃、お世話になっていたマンガ誌の編集部の方に「マキヒロチの漫画なんて、見たい人は世の中にいない」って言われたことがあったんです。
当時はその言葉に多少傷つきはしましたが、たしかにそれは意識しておくべきことだなとも思ったんですよ。自分の作品に大きな自信があるタイプではないですし、仮にわたしが描いたものを手に取ってもらえたとしても、好みに合わないことだって大いにあると思うんですね。
そんなとき、それでも「情報として数円分ぐらいの価値は得られたな」と思ってもらいたい、という市場感覚みたいなものがそのとき身についたんだと思います。そこはヒット作を出してからも、ずっと変わらず考えていることですね。
マキさん:
インプットも、何の気なしに見ていた映画の情報が、そのあと作品の役に立つようなことも起こったりして、どんなことが後々効いてくるかわからないのでおもしろいなと思いますし。
それから、とあるプロデューサーの方が「3つぐらいの要素が含まれていると、ヒットしやすい」という趣旨のお話をされていたのも記憶に残っているんですよ。なにか一つは、心に引っかかるようなことや、「知ってよかった」と思えるようなこと、いろんな価値を付けて届けることができればという思いで、作品づくりを続けていますね。
── 「紹介してよかった」と思える瞬間はどんなときですか?
マキさん:
読者の方が紹介したお店に実際に足を運んでくれることもうれしいですし、お店の方が喜んでくださり、「サインください」と言っていただけたりすることは光栄ですね。
『SKETCHY』で描いたスケートボードは、まだまだ知られていないことも多い世界なので、「オリンピックを観るときに役立った」と言われたことは、とてもうれしかったです。たくさんの方に興味を持ってもらいたいスポーツですね。
PROFILE マキヒロチさん
漫画家。『いつかティファニーで朝食を』『吉祥寺だけが住みたい街ですか?』『SKETCHY』などを手がけ、女性を中心に多くの支持を得る。現在は、コミックバンチにて『おひとりさまホテル』を連載中。
取材・文/中前結花 画像提供/新潮社