現在、夫と9歳の長女、7歳の長男と福岡県で暮らす元モーニング娘。の中澤裕子さん。2014年から福岡県に移住し、現地のテレビにレギュラー出演するなどタレントとして活動しています。かつては「モーニング娘。になるために生まれてきた」というほど仕事に打ち込んでいた中澤さんが、芸能活動をセーブし、移住の道を選んだのは、6歳で父を亡くした自身の生い立ちが関係していると語ります(全5回中の1回)。

妊娠・出産で「180度考え方が変わった」

中澤裕子
福岡県でローカルタレントとして活躍する中澤裕子さん

── 福岡に移住することになった経緯について教えてください。

 

中澤さん:結婚の話が出た当時、夫は福岡と東京の2拠点で活動していたんです。でも今後、福岡に力を入れたいということで、福岡に拠点を置きたいと。

 

私自身は当時、東京で芸能活動をしていたので、そんなつもりは全くなくて。仕事100%で生きてきましたし。

 

夫に「福岡には行けない」と話をしたら、夫も理解してくれたんです。ただ、娘が生まれたことで、私の考えが180度変わったんです。

 

── どんなふうに変わったんですか?

 

中澤さん:「ちょっと待てよ。私はこのまま東京にいるのかな?」と、ふと思ったんです。

 

それまで「私はモーニング娘。になるために生まれてきた」と思っていたんですよ。でも、子どもが生まれるとなったとき、「私はこの子を産むために生まれてきたんだ」と思って。

 

── それは、どの瞬間に思ったんですか?

 

中澤さん:まず結婚と妊娠を自分が経験すると思ってなかったんですよ。結婚したのは38歳のときだったんですが、当時私は「もう結婚しないな~」と思っていて。でも、夫と出会ったその瞬間に「あ、この人と結婚するな」と漠然と感じたんです。

 

── 素敵ですね。ビビビっと来た、っていうと古いですけど…。

 

中澤さん:私、単純なんです(笑)。でも、松田聖子さんの「ビビビっ」って本当にあるんだ、と思って。

 

当時結成していたドリームモーニング娘。の活動がひと段落したタイミングで入籍をしたんですが、すぐに妊娠していることがわかって。

 

そのときに、「私、この子を産むために生まれてきた!」って。

 

産休を取って、徐々に気持ちが育児のほうに切り替わっていていって。仕事復帰後も、主人がすごく出張が多い人なので、私がひとりで子育てをする環境に近かったんですね。