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私たちは「働く」を理解していないのかもしれない…哲学者と考える本当の「働く」

仕事

2021.07.10

カバンを持っている働く女性

仕事と家事・育児の両立に悩んだり、思うようにキャリアアップできないことに苦しんだり、ときには働くこと自体嫌になってしまったり…。コロナも加わり、これまで以上に働き方、生き方に行き詰まる中、「哲学」に救いを求める人が密かに増えています。

 

混迷の時代、哲学は何を教えてくれるのか。一流商社マンから一転、フリーター、引きこもり生活の挫折を経験。どん底から這い上がり、市役所勤務ののちに哲学者となった異色の経歴を持つ小川仁志先生と「働く」を紐解いてみます。

 不確実な時代だからこそ哲学が助けになる

── 最近は哲学に関する本やYou tube動画をよく見かけますが、そもそも、哲学とはどんな学問なのでしょうか?

 

小川先生:

哲学をひと言でいうなら、「既存の枠組みを超えて考えること」と私はよく説明しています。

 

物事を思考するとき、既存の枠組みの中だけで考えてしまう人が少なくないはずです。「大人になったら○○するもの」「子どもには〇〇させるもの」「仕事とは〇〇なもの」など、一般の常識、思い込みなどに捉われてしまうわけです。

 

しかし、既存の枠組みを超えて考えないと、従来とは違った物事の見方はできません。それを可能とする思考のツールが哲学になります。

 

── 「思考のツール」と言われると、哲学が身近なもののように思えてきますね。そんな哲学が注目されているのはなぜなのでしょう? 

 

小川先生:

哲学が求められる一因は、「VUCA(ブーカ)」と呼ばれる現代の状況にあります。VUCAとはビジネスや社会を取り巻く環境の変化が激しく、将来の予測が困難なことを意味する造語です。そんな不確実な時代だからこそ、物事の本質を捉える必要があり、哲学に目を向けられているのでしょう。

 

同時に、コロナの時代はというのは、物事を以前とは違う形で捉えなければならない時代でもあります。再定義を迫られる状況になって、より哲学の価値が高まっているのだと思います。

 

── コロナ禍によって、生活も仕事もこれまで以上に変化してきているように感じます。「働く」を哲学的に考えることは可能なのでしょうか?

 

小川先生:

もちろんですよ。仕事のやり方にしろ、働き方にしろ、変化を余儀なくされ、その在り方が問われています。イノベーションを起こすにはどうしたらいいか、いかにして多様で柔軟な働き方を実現するかなど、問われ続けていますよね。

 

ビジネスや社会の課題に対峙して答えを導き出すには、従来の物事を根本から見直し、まったく違う視点からアプローチしなければなりません。このとき、常識や思い込みを超えた哲学的思考を持つことが、プラスに働きます。

 

個人の生き方、悩みなども含め、これまで既存の枠の中で考えて答えを見出せなかったさまざまな問題の解決に、哲学的思考は役に立ちます。

 

仕事や生き方で壁にぶち当たり、行き詰まる場面では、見方を変えなければ乗り越えることはできないでしょう。哲学で物事の本質を知ったら必然的に見方は変わり、それがヒントとなって成果を生んだり、前に進めたりするのです。

 

── なるほど、哲学によって生まれる知恵は仕事にも人生にも幸運をもたらすわけですね。ちなみに、歴史上の哲学者たちは「働くこと」をどう解釈し、定義しているのでしょうか?

 

小川先生: 

例えば、18世紀ドイツの哲学者ヘーゲル(ゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲル17701831年)は、働くことを「一人ひとりの人間が、誇りを得る手段だ」と説いています。一般的には、お金を得るための手段と考えがちですよね。しかしヘーゲルはそうではなく、人や社会に貢献し、承認されて、誇りを得る手段であるべきと考えたわけです。

 

その後、登場するドイツの哲学者で、経済学者としても名高いマルクス(カール・マルクス18181883年)は、「働くこと自体が喜びにならないといけない」と言っています。19世紀当時のヨーロッパでは人間が工場の歯車として働いていました。マルクスはこのような過度な分業を批判。働くことは本来喜びを伴うものであるため、もっと楽しい営みにしようと訴えました。

 

── ただ報酬を得るため以上の意味を仕事に見出していたのですね。

 

小川先生: 

20世紀になるとドイツの女性哲学者アーレント(ハンナ・アーレント19061975年)は、人間の営みを「労働・仕事・活動」の3つとし、すべて揃って人間の条件であると述べています。

 

生活に必要なものを得るための「労働」、自然にはない制作物などをつくりあげる「仕事」、地域社会との交流を指す「活動」。その中で生活を重視するあまり労働や仕事への比重が高く、活動にあてる時間を割けなくなっていることを指摘しました。

 

このように、働くことの定義は哲学者によって異なります。ただ、単にお金を得るためのものではないという捉え方は3人に共通していますよね。誇り、喜び、社会とのつながりといった従来の解釈を超えた部分が、本質を捉えているところだと思います。

 

── 単に報酬をもらうためのものと割りきれない分、「働く」ということに対する悩みを持ってしまうのかもしれませんね…。特に女性の場合は仕事と家事・育児の両立が難しかったり、性別が理由でキャリアアップの壁にぶち当たったり、「働く」ということの本質的な悩みだけでなく、環境的な要因による悩みを抱えている人も多いように思います。

 

小川先生:

環境を変えるのは大変なことです。ものすごいエネルギーが必要になりますし、エネルギーを注いだとしても簡単に変わるわけではありません。いまのコロナ禍にしろ、個人では変えたくてもどうにもならないですよね…。

 

私としては、環境でなく自分の思考を変えてみるという方法をおすすめしたいと思っています。もちろん社会を変えていく必要もあると思いますが、自分でできることとして、どんな状況下でも仕事を楽しめるようにするというのもひとつの手です。

 

そこで参考にしたいのが、イギリスの哲学者ラッセル(バートランド・ラッセル18721970年)の著書『幸福論』。同書の中でラッセルは、「建設性」と「技術を磨くこと」を意識すれば、状況に関係なく仕事を楽しめて、最終的には幸せになれると論じています。

 

── 建設性と技術を磨くことが、どう作用するのですか?

 

小川先生

建設性は、積み上げの比率を意味します。どんな仕事も、日々の積み重ねが重要なのは言うまでもありません。仕事をただこなすのではなく、積み上げているという意識を持てれば、おのずと前向きになれるのではないでしょうか。

 

技術を磨くことは、言葉どおりです。日々の仕事でスキルが磨かれていることを意識できれば、おのずと喜びを感じられるでしょう。

 

理想とする働き方やキャリアアップには、現状ではまだ遠く及ばないかもしれません。しかし、そこを目指した努力の積み重ねやスキルの蓄積が、理想を現実にするのだと思います。だからこそ2つの要素を見出して仕事を楽しくしてほしいです。それがまた将来の幸福につながるわけですから。

 

── 変えられない環境をなげくより、自分自身を磨くことが大事なんですね。とはいえ、コロナ禍では希望を見出しにくい側面もあると思うのですが…。

 

小川先生:

そうですね。でも、落ち込む必要はありません。

 

日本の哲学者三木清(18971945年)は、著書『希望論』の中で次のように記しています。「希望というのは断念することから生まれる」と。これは逆説的な意味を持ちます。

 

希望すなわち何かを望むことは、何かを捨てないと手に入らない。あれもこれも欲しいといっても、叶えるのは難しい。環境が厳しければ厳しいほど、何かひとつに絞り込まなければなりません。そうやって自分にとって大事なものを見つけることが、辛く苦しいときに希望を見出すきっかけになる気がします。

 

希望を見出せない人は、もしかして多くのことを望んでいるのではないでしょうか。じつは三木清もそうだったのです。

 

三木はスキャンダルで大学教授の職を追われ、戦争中は治安維持法で2度投獄されるなど常に絶望的状況に置かれていました。そんななか、自分は哲学が好きで、これだけは捨てないとして、他のことは望みませんでした。大学を追われても、獄中にいても哲学と向き合い、幸せを感じて希望を見出したわけです。

 

── 色々なことを望み求めることが希望だと思っていたのですが…三木清のような考え方で希望を見出すというのは新鮮です。ところで、これまで紹介していただいた歴史上の哲学者は男性がほとんどでしたね。哲学の世界は男性優位だったのでしょうか?

 

小川先生:

やはり、男性哲学者が圧倒的多数を占めていました。ただ、その陰には少数ながら女性哲学者もいます。例えば先ほどお話ししたドイツの女性哲学者ハンナ・アーレントは、男性社会で不利な環境だと知りつつ哲学の道に進みました。実際、彼女は「女のくせに偉そうだ」などと攻撃されますが、怯むことはありませんでした。

 

また、彼女は第2次世界大戦中にナチスの強制収容所から脱出し、アメリカへ亡命したドイツ系ユダヤ人でもあります。それにもかかわらずユダヤ人を非難したため、ユダヤ人からもバッシングを受けます。ただこれにも怯みませんでした。

 

性別と人種という大きな問題を抱えながらも世間と闘ったアーレントの強さの秘密は、「真実を語る勇気を持っていた」ことにあります。不屈の精神で逆境に立ち向かい、自らの信念を貫いたのです。

 

それができたのは、勇気を持って声を上げないと、社会が変わっていかないのをわかっていたからだと思います。現代の働く女性も、沈黙していてはいけない。生きやすい社会を実現するためには、声を上げることが大切だといえるでしょう。

 

PROFILE 小川仁志先生

哲学者小川仁志先生近影

哲学者・山口大学教授。京都大学法学部卒、名古屋市立大学大学院博士後期課程修了。博士(人間文化)。商社マン(伊藤忠商事)、フリーター、公務員(名古屋市役所)を経た異色の経歴。専門の公共哲学の観点から、「哲学カフェ」をはじめ哲学の普及活動を行っている。Eテレの哲学番組などメディア出演も多い。著書は『幸福論3.0』ほか100冊以上。

取材・文/百瀬康司

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