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震災の日、命を授かったママシンガーが「子どもに見せたい背中」 #知り続ける

子育て

2022.03.08

2022.03.10

東日本大震災が起きた2011311日、2人目の妊娠がわかったシンガーソングライターの和(IZUMI)さん。

 

この日、多くの人が亡くなったことで「妊娠したことは言いにくかった」と話しますが、命の尊さと真剣に向き合ってきました。そんな和(IZUMI)さんが娘たちに見せると決めた背中とは?

地震の直後に「赤ちゃんが来てくれましたよ」

── 震災の日、揺れる病院で、妊娠がわかったそうですね。

 

和(IZUMI)さん:

そうなんです。その日は4歳の長女を保育園に迎えに行った後、病院で受診している最中に地震に遭いました。お医者さんの話を聞こうとしたときに大きく揺れて。診察室には超音波検査の機器など精密機器がたくさんあったので、お医者さんや看護師さんたちが倒れないように両手で一生懸命押さえていたことをよく覚えています。

 

揺れが収まった後、お医者さんから「大きな地震でしたね」と言われたのと同時に、「おめでとうございます。赤ちゃんが来てくれましたよ」と笑顔で告げられて。大変なことと幸せなことが同じタイミングで起こって、とても不思議な気持ちでした。

次女のお宮参りでの和さん次女のお宮参りでの1枚

診察後、待合室のテレビを見ると、真っ赤な炎に包まれた被災地の映像が映し出されていて、初めて「こんなに大きな地震だったの!?」と状況を知りました。

 

長女が怖がらないように抱きしめて、「すごいことが起こっているね」と言いながらおなかに手を当てていました。「赤ちゃんが生まれるよ」と話して、長女が少しでも安心できるように、できるだけハッピーな話をするようにしていました。

余震が続くなか「この子を元気に産まなきゃ」

── 地震の直後から、都内ではお店から水やミルク、おむつ、食料などが一瞬にしてなくなり、なかなか必要なものが手に入りくい状況が続きました。余震もあったなか、妊娠生活は不安もあったのでは。

 

和(IZUMI)さん:

実は、妊娠生活のほとんどはひどいつわりに悩まされていて…。後半になってやっとトイレから離れられたという具合でした。余震が続いたり、世間的に落ち着かない雰囲気だったりで、気持ちが不安定になったこともつわりがひどくなった原因だと思います。

 

でも、私は子どもたちを守らなければいけません。不安のエネルギーを寄せ付けないように、おなかのなかで赤ちゃんが育ってくれることに希望をもっていました。「とにかくこの子を元気に産まなきゃ」と踏ん張っていたと思います。

ライブのリハーサル中に授乳する和さんリハーサルスタジオで授乳する和(IZUMI)さん 

── 妊娠中も音楽活動は続けていたのですか?

 

和(IZUMI)さん:

はい。ライブは妊娠8か月くらいまでは続けていました。ただ、妊娠初期に大失敗をしてしまったんですよ。ひどいつわりのなか、ぎっくり腰になってしまって。どうしてもステージに立てず、ライブの日程を延期してもらいました。デビューしてから30年間で、仕事に穴を開けてしまったのはこの1回だけです。まわりのスタッフやファンの方々に、「本当にごめんなさい」と謝っても謝りきれなかったですね。

命を全身で感じたくて…2人目は「アクティブ・バース」で

── 2人目の出産では自宅出産だったそうですね。

 

和(IZUMI)さん:

そうなんです。1人目のときは産院での出産だったのですが、長女は仮死状態で生まれました。その場で医師の治療を受けることができ、退院後はすくすくと育ってくれています。お医者さんにはとても感謝しているのですが、2人目の出産では、震災の日に命を授かったことで、もっと命を自分の身体で感じたいと思いました。人間の自然な力で産むことを体験したくて、分娩台ではなく自由なスタイルで出産できる「アクティブ・バース」を選び、助産師さんに取り上げてもらいました。

子どもたちが見守る中ライブを行う和さん子ども連れOKのライブ「MAMA DON’T CRY」のリハーサルにて 

── ご家族で立ち会い出産をされたんですか?

 

和(IZUMI)さん:

ええ。夫もタイミングを合わせてくれて、家族で次女を迎えることができました。4歳だった長女は、まさに生まれる瞬間を一番見やすい場所からじーっと見ていましたね(笑)。感想を聞くと、「不思議だった」と答えていました。夫は私のすぐそばにいたのですが、「ちゃんと生まれるかどうか怖かった」と言っていました。

震災後「なんとなく妊娠したことを言いにくかった」

── 震災の日に命が授かったことで、その後の人生観に変化はありましたか?

 

和(IZUMI)さん:

実は私、まわりからどんな反応がくるのか怖くて、当初は妊娠したことを大きな声で言えなかったんです。でも、命について深く考えるきっかけになったこの妊娠は、自分にとっても大切な経験でした。これからはもっと能動的に生きたい、後悔のない生き方をしたいと強く思いました。 

 

だから震災後は、受け身ではなくて能動的に生きなければと思うようになりました。人生っていろいろなことが起こりますが、震災の日はたくさんの方が亡くなったと同時に、新しい命が誕生したとも聞いたんです。

 

それもあって、次女の名前をつけるときは命への向き合い方を意識しました。候補が「ひかり」と「ひかる」だったのですが、「ひかる」にしました。自分から光りを放つイメージを大事にしたかったんです。

特別な経験をしたからこそ「日々本気で生きていきたい」

── 今後、子どもたちにどう接していきたいですか?

 

和(IZUMI)さん:

子どもたちに教えていることって、あまりないんですよ。「勉強しなさい」というタイプでもなくて、「サボりたいならサボればいいんじゃない?」と言ってしまうほうで(笑)。

 

ダメ母なのですが、子どもたちには「自分で決めよう」とは話していますね。「どうしたいのか」自分で決める勇気と判断力を日々養ってほしいと思っています。

 

私自身は、これから本当にやりたいことに挑戦したいと思っています。日本を離れて暮らすことも考えていて。夫と子どもたちには、「私はそうしたいけれど、みんなはどうする?」と聞いていますね。「一緒に行く?行かない?」って。自分のやりたいことはある?って、いつも対話しています。

 

震災の日に新しい命を授かり、命の不思議さや尊さを身をもって体験して、自分の命や人生とも本気で向き合いたいと思いました。本当に好きなことをしている姿を子どもたちに見せ続けたいんです。

 

もちろん私が一人で海外に行ったとしても、「ママ」と呼んでくれればいつでも日本に戻ってきますよ。ただ、母親が単身で海外暮らしをしても責められることはないし、子育てのために親が人生を犠牲にすべきという時代ではないと思うんです。

 

中学2年生の長女は、「一人暮らしをしたい」と言っています。日本にいる友人たちに助けてもらいながら成長するのも、魅力的な生き方ですよね。

 

PROFILE 和(IZUMI)さん

シンガーソングライター。1992年、橘いずみ名義でデビュー。『失格』『永遠のパズル』などヒット曲を数多く持つ。近年は映画の主題歌やサウンドトラック制作など活動の幅を広げている。2児の母。

取材・文/高梨真紀 画像提供/和(IZUMI)

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