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たとえ施設育ちでも…「自分は愛されている」という実感が心の傷を癒やす

子育て

2021.06.12

山本昌子さん

ネグレクト(育児放棄)により生後4か月で保護され、乳児院と児童養護施設で育った山本昌子さん。前回(※)に続き、今回は職員たちとの関係性から山本さんが感じたこと、また山本さんの活動についてお話を伺います。

「誰から生まれたかより、誰に育てられたかが大事」

山本さんには、児童養護施設で一緒に育った姉弟のような存在がいます。彼らとは18歳で退所してからも付き合う仲で、それぞれを認め合いながら人生を応援しあっているそうです。

 

「お姉ちゃんは海が好きで沖縄に移住しました。一緒に育った姉弟たちには、こんなふうに自分のやりたいことを実現して、自分の人生を生きている子が多いんです。それは育ての親をはじめ職員さんたちが私たちを心から愛して自己肯定感を高めてくれたから。

 

私は、誰から生まれたかよりも誰に育てられたかの方が大切だと思っています。もちろん、命を宿してくれた父と母には感謝しています。でも、実の父と母に値するような育ての親に出会えたから、私の心は十分に満たされていました」

生きる意味を失うも…愛された記憶に救われた

山本さんにとって辛かったのは、18歳で児童養護施設を退所しなければならなかったこと。愛されている実感に満ちた環境を離れ、姉弟たちともバラバラに暮らさなければならない。この現実がすぐには受け入れられなかったと言います。

 

「施設での毎日が自分の人生のすべてでした。だから、18歳で退所してから22歳頃までは、それまで築いてきた関係性や信頼関係をすべて失ったと思ってしまって…。その先を生きていくことに意味を見出せずにいました」

 

そんな山本さんを救ったのもまた、「自分はたしかに愛されていた」という実感でした。数年の葛藤を経て、「たとえ離れ離れになっても、施設の育て親や職員、また姉弟たちとの信頼関係はずっと続くんだ」と思えるようになったのだそう。

山本昌子さん

今まで愛して育ててくれた育ての親と職員たちに、自分との時間を後悔してほしくない、悲しませたくない。自分の人生を「いい人生だった」と思ってほしいと、山本さんは踏みとどまったのです。

 

「生き続けたい、生きなきゃと思いました。育ての親や職員さんたちが無条件に一生懸命愛してくれたことに救われたなぁ…とつくづく思います」

「児童虐待は保護されて終わりじゃない」とコロナ禍で実感

山本さんは、6年前から児童養護施設で育った女性たちに成人式の振袖レンタルと撮影を無償でプレゼントする「ACHAプロジェクト」を行ってきました。

 

2020年7月からは、署名活動「児童虐待は保護されて終わりじゃない」も展開。虐待による心の傷に苦しむ子どもや若者たちが心のケアを当たり前のように受けられる、そんな社会に変えていくためのものです。

山本昌子さんご自宅付近

この署名活動を始めた理由は2つありました。1つは、新型コロナウイルス感染症拡大によって「ACHAプロジェクト」の活動を休止せざるを得なくなったこと。

 

プロジェクトに代わる活動を何かしたいと、山本さんはまず、食料支援や居場所づくり、衣類の支援などを始めました。そこで、振袖のプロジェクトでは見られなかった彼女たちの一面に気づいたのです。

 

「振袖を着て撮影する日って特別だから、みんなキラキラ輝いているんですよね。でも、日常的な支援を通して深く関わって初めて、彼女たちがいまだに虐待の後遺症で苦しんでいることがわかりました。

 

フラッシュバックや突然のけいれんなどの身体症状もそうですし、コロナ禍で家にこもる日々が続き、孤独感からくる精神的な辛さに耐え切れなくなって入院した子もいました。多くの子が、それだけ生きづらさを抱えているんです」

実名で虐待の後遺症を訴える女の子に胸を打たれ

署名活動を始めた2つ目の理由は、ある女性の勇気ある行動に突き動かされたことでした。

 

山本さんは、児童養護施設出身の男性2人と「THREEFLAGS-希望の狼煙」というユニットを組み、YouTubeで定期的に発信しています。

 

児童養護施設や社会的養護などについてわかりやすく伝えていくこの番組で、児童養護施設出身の女性がゲストで出演した時のこと。親からの虐待で子どもの頃に保護された彼女は、その後も後遺症で苦しんできたことや自分自身でケアを継続することの難しさを赤裸々に伝えたのです。

 

「彼女は実名で、しかも顔を出して、後遺症の問題を訴えてくれました。とてもリスクが大きいことです。そんな彼女の声をその先につなげたい、一人ひとりの声には社会をも動かす大きな力があることを証明したいと心の底から思いました」

責任感の強い職員ほどバーンアウトしてしまう現実

山本さんが発起人となった署名活動には、多くの専門家や有識者たちも賛同しました。現在、紙媒体とオンライン経由で3万人もの署名が集まり、今夏提出予定だそうです。

 

「もともとは、児童養護施設に保護された子どもたちや18歳で退所した若者たちが、心のケアを国の制度として受けられるように働きかける目的でこの活動を始めました。

 

2020年8月には厚生労働省と社会的養護の当事者及び支援者の意見交換会が行われ、そこで私以外にもメンタルケアの必要性を感じている人がたくさんいることを知りました。そしてその意見交換の内容も踏まえて、国もメンタルケアに関して少しずつ動いている現状に感謝しています」

山本昌子さん

さらに、以前から課題とされてきた児童養護施設の職員たちにかかる大きな負担の解消が欠かせない問題として浮上しました。

 

「長年、児童養護施設に配置されている職員数が子どもの人数に対して少ないことが問題になっていましたが、これについても、国が予算を当てて対策を講じはじめていることがわかりました。

 

けれども、新しい取り組みのため不明瞭な点も多く、現場に困惑が生じているようです。忙しすぎることもあり、活用しきれていない現状があります」

 

今回の署名活動では、まず予算の内訳にある研修の項目に、虐待後遺症の正しい知識を身に付けるためのトラウマインフォームドケアの研修を組み込むなど、細かな改善策も提案する予定だそう。さらに、一人の職員に大きな負荷がかかりすぎない環境をつくることが特に大事だと山本さんは話します。

 

「日本では1人の子どもを1人の職員が受け持つ体制を取っている施設が少なくありません。問題行動を起こす子どもに職員さんが1人で関わり、頑張りすぎて23年で燃え尽き症候群(バーンアウト)となって離職する人が多いという問題も…。職員たちのメンタルケアも重点的に行われないといけないんです」

職員の心が満たされなければ、子どもも満たされない

職員が長く働き続けるためには、子どもの行動の理由を、1人ではなくチームの問題として考えて、ひも解いていくための環境づくりが必要。外部から専門家を交えてこうした取り組みを行うことを「スーパービジョン」と呼び、海外では広く普及しているそうです。

 

日本でもこの取り組みを活性化させ、現場の職員の辛い気持ちを共有しつつ、ケアする必要があると山本さんは言います。

山本昌子さんご自宅付近

「職員さんが心から癒やされて初めて、子どもたちの心の傷を受け入れられると思うんです。そういう良い循環はきっと実現できるはずです。

 

今回の活動で特に大きかったのは、児童福祉の専門家や施設の職員さんたちが本音を伝え合えたことだと思っていて。実際、『子どもの心のケアといっても、何をすればいいのかわからない』という現場の声も多かったんです。

 

普段、専門職として完璧でなければならないという大きな責任感を背負っている方々が、わからないことを『わからない』と言えたのはすごく進歩なんじゃないかな。傷ついた子どもたちを適切にケアする環境をつくるための、大きな一歩を踏み出せたと思います」

 

 

次回は、署名活動や普段の当事者の方たちとの関りから、山本さんが世の大人たちに伝えたいこと、心に留めてほしいことを伺います。

 

Profile 山本昌子さん

1993年生まれ。生後4か月から19歳まで乳児院、児童養護施設、自立援助ホームで育つ。2016年に「ACHAプロジェクト」を設立。代表として、児童養護施設出身の女性たちのために振袖を着て撮影をする支援を行ってきた。現在は居場所・食料・衣料の支援を通し、当事者たちと支えている。同じ児童養護施設出身の男性2人と組んだユニットでYouTube番組「THREE FLAGS ―希望の狼煙―」を定期的に配信。また署名活動「児童虐待は保護されて終わりじゃない ―心の傷に苦しむ子ども・若者に心のケアを―」(https://bit.ly/3ck70nd)を展開中。

取材・文/高梨真紀 撮影/河内 彩

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