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一日100食限定で、国産牛を贅沢に使ったステーキ丼を提供する「佰食屋」は、京都市内でランチタイムのみ営業し、100食売り切ったら暖簾を下ろすという斬新な経営スタイルで注目されています。

 

「社員の働きやすさ」を重視するため、従業員たちはシフトや勤務時間を自由に選択でき、残業ゼロで遅くとも午後5時45分には退勤。これまでシングルマザーや障がい者、元受刑者、高齢者、外国人留学生...などなど、多様なバックグラウンドを持つ人々を雇ってきました。

 

複雑な背景を持つ従業員の働きやすさを支えるルールとは「お互いを名前で呼び合う」こと。

 

円滑にコミュニケーションを取る工夫や理想とする働き方について、代表取締役の中村朱美さんにお話をうかがいました。

2018年に「新・ダイバーシティ経営企業100選」に選ばれた佰食屋

「どこにいても輝ける人」はいらない

佰食屋ではさまざまなバックグラウンドを持った人々が働いてきた

── 佰食屋ではこれまでシングルマザーや障がい者、元受刑者の方々が働いていたそうですね。社会的に「マイノリティ」とされる方々を意識的に雇ってきたのでしょうか?


中村さん:

今は介護中の方や後期高齢者の方も働いていますが、たまたま集まってきた、という感じです。というのも、うちはハローワークでしか求人を出しません。ハローワークにはそもそも複雑な経歴や生きづらさを抱えている方々がたくさんいらしゃっていますし、採用後にカミングアウトされることもあります。

 

元受刑者の方も「実は私刑務所から帰ってきたんですよ」とかなり経ってから言われて。「えっいま?別にいいけど」っていう感じでした(笑)。学習障がいや文字の読み書きができない方もいらっしゃったけど、後から知ることが割と多かったですね。

 

── 読み書きができないとなると、メニューを読んだり注文をとったりするときに苦労することもあるのではないでしょうか?


中村さん:

厨房ではないポジションも経験してみようか?と声をかけたときに「実は...」と切り出されたんですよね。じゃあ、読み書きをしなくていいポジションで仕事しましょうと。ただ、オーダーが読めないと大変なので「みんなで声をかけよう」と決めて、オーダーを声に出して伝えるように変えました。ちょっと配慮するだけで、うちの店では十分戦力になるんです。

 

── 意識的に雇っていないとなると、採用のときにどんなことを重視した結果なのでしょうか?


中村さん:

佰食屋の採用基準は「今いる従業員たちと相性がいい人」を第一に考えています。閉店後の店内で面接をするのですが、周りのメンバーにも洗い物や掃除をしながら遠巻きに見てもらって、合いそうかどうかを判断してもらっていますね。毎日100食限定でメニューも3つしかないので、いわゆる学歴や経歴はまったく関係ない。「物覚えが悪い」と心配している人でも、毎日同じことを続けていれば身体で自然と覚えていけるんです。

 

人前や面接で話すのが苦手だったり、自己肯定感がすごく低かったり...いわゆる「就活弱者」と呼ばれる方たちと話していると、とても真面目だし、真摯に仕事のことを考えているんですよね。ただ自己表現が苦手なだけで。私にとっては「どこにいても輝ける人」ではなくて、他の会社ではいいところを見つけきれなかった原石みたいな人が「いい人材」なんです。

従業員は下の名前で呼び合うのがルール

従業員同士は必ず名前で呼び合うと語る中村さん

── 複雑な事情を抱えているがゆえに、コミュニケーションを苦手とする方もいるかと思います。そうした従業員同士が円滑にコミュニケーションをとるために工夫していることはありますか?


中村さん:

ひとつは従業員同士は下の名前で呼び合うこと。名字って、繊細な理由で変わるんですよね。結婚だけでなく離婚や、若い子だと扶養者が変わるといった非常に言いにくい理由で変わることもある。ですので、絶対に変わらない下の名前で普段から呼び合うことで、万が一名字が変わるような事があっても、周囲に伝える必要すらありません。

 

もうひとつは、新しい従業員が入るときに、私が「他己紹介」をするようにしています。どんな課題があるのか、なにが苦手なのか。自分では言い出しづらいことを私が代弁して、他の従業員に「こういう配慮をしよう」と呼びかけています。

 

── 子育て中や介護中の方などは勤務時間にも配慮が必要ですが、勤務形態はどのようになっているのでしょうか?


中村さん:

ひと言で言ってしまえば「自由自在」ですね(笑)。早くとも午前9時から、遅くとも午後5時45分までの間に、好きな時間帯を選んでもらっています。毎日固定で決まっている人もいれば、日によってバラバラの人も。基本的には事前申告制ですが、当日に「早く帰ります」と早退することがあっても、特に問題はありません。

 

── 急にシフトが変わるとオペレーションに穴ができてしまいませんか?


中村さん:

カツカツの人員で回していたら早く帰られると困りますが、うちは多めに配置しているので突然シフトが変わっても困りません。勤務時間の終わりが近づくと、手持ち無沙汰になることもありますが、「じゃあ多めに掃除をしておこう」「あらかじめ補充しておこう」というような「余白」が生まれるようにしています。そうした配慮が功を奏したのか、実は3年くらいアルバイトの募集をしていないんです。みんな長く勤めてくれるので(笑)。

「マイノリティの視点に立った接客」が強み

マイノリティの視点に立った優しい接客が佰食屋の人気を支えている

── 多様な人材を雇うことで、お店にもよい影響を与えているのでしょうか?


中村さん:

普段から障がい者や高齢者の方と一緒に働いていると、同じ境遇のお客さんが来たときにも自然に対応できるんですよね。一時期、難聴を抱える女性が働いていたのですが、食洗機や厨房の音に囲まれると、人の話し声がまったく聞こえなくなってしまうんです。後ろから話しかけても聞こえないし、だからといって急にバッと前に現れるとびっくりしてしまう。

 

他の従業員は遠くからジェスチャーをして近づいていったり、肩を叩いてから話しかけたりするようにしていました。すると、耳の遠い高齢者の方が来店されても自然と慣れた対応ができるんですよね。社員教育をせずに、ホスピタリティーあふれる接客をしてくれて頭が下がる思いです。

従業員と話す中村さん

── 最後に中村さんが思う、人間らしい働き方とはなんでしょうか?


中村さん:

佰食屋の合言葉は「私たちは仕事をするために生まれてきたわけじゃない。人生を豊かにするために仕事をするんだ」。今日は友達と飲みに行きたい、家族と旅行したい、アイドルのライブに行きたい...一人ひとり違う私生活の楽しみを尊重できる働き方を経営者として進めていきたいと思っています。

 

私にとっての楽しみは、家族全員で晩御飯を食べること。だからこそ、全従業員も午後5時45分には帰宅してほしいんです。他にも、まとめて休みをとってもらったり、配偶者の休暇に合わせたり、会社が従業員のためにできる柔軟な対応ってたくさんありますよね。それができているいちばんの要因は「100食以上は売らない」という覚悟。売り上げを求めない覚悟こそが、従業員と良好な関係を築ける理由だと思います。

 

PROFILE 中村朱美さん

1984年京都府亀岡市生まれ。株式会社minitts代表取締役。専門学校の広報を経て、2012年に「一日100食限定」をコンセプトに「国産牛ステーキ専門店 佰食屋」をオープン。多様なバックグラウンドを持った人材の雇用を促進する取り組みが評価され、2017年に「新・ダイバーシティー経営企業100選」に選出。19年には日経WOMAN「ウーマン・オブ・ザ・イヤー2019」大賞を受賞した。著書に『売り上げを、減らそう。たどりついたのは業績至上主義からの解放』(ライツ社)がある。

取材・文・撮影/荘司結有 写真提供/佰食屋