近年、いじめの重大事案の発生が全国で相次いでいます。一連の事案で問題視されてきたのは、教育委員会や学校の対応の鈍さ。被害者側から受けた相談への対応を先延ばしにする姿勢が批判されてきました。

 

全国的に行政や教育現場が批判にさらされる一方、昨年秋に大阪府寝屋川市のいじめ対策を評価する「寝屋川市すごい!」という保護者のツイートがSNSで話題に。“2.7万いいね”の反響を呼んだ理由は、児童の相談からわずか数日で動いたスピード感ある対応でした。市役所にいじめ対応を所管する「監察課」を設置するなど、先進的ないじめ対応策に全国の自治体から注目が寄せられています。

 

「寝屋川方式」と呼ばれる独自の施策の運用方法や効果について、監察課にインタビューしました。

第三者的視点でいじめ問題に対応。監察課の役割とは?

寝屋川市では2019年10月、市長直轄の部署として「監察課」を設置。公立の小中学校におけるいじめ対応を教育現場のみに任せず、第三者的立場からアプローチすることを目的に設立されました。

 

弁護士資格を持つ職員やケースワーカーの経験を有する職員らで組織され、いじめ事案の発生段階から被害・加害両児童・生徒、保護者、教員などに聴き取りを行い、解決へと働きかけます。

 

「攻めの情報収集」と称し、月に一回、小中学校の全児童・生徒に向けて「いじめ通報促進チラシ」を配布。チラシには相談用の手紙がついており、切り取って郵送することで、被害者本人やクラスメイトが、学校を介せずに直接監察課へといじめの相談ができる仕組みです。

寝屋川市監察課が配布しているチラシ
寝屋川市監察課が月に一回、公立の小中学校の全児童・生徒に配布しているチラシ

2.7万いいねがついた話題のツイートも、そのチラシがきっかけでした。投稿主は市内在住の保護者。子供が「学校であった辛いこと」を手紙に書いて送ると、その数日後に監察課の職員2人が学校を訪れ、解決に向けて動いてくれたとの内容でした。

 

仮にいじめが解決しない場合に備え、いじめの被害者側が訴訟を起こす費用や、転校に要する費用の一部を支援する制度も用意されています。また、20年1月には、市長に加害者の出席停止や学級替えを勧告する権限を与えた「寝屋川市子どもたちをいじめから守るための条例」も施行されました。被害者側に寄り添い、いじめ解決へと向かう取り組みはなぜ生まれたのでしょうか。

加害者と被害者を明確に分けて対応

── 「寝屋川方式」と呼ばれるいじめ対策が始まった背景を教えて下さい。

 

監察課:

明確ないじめの重大事案が発生したわけではありません。「寝屋川市は全力で子どもを守る」という広瀬慶輔市長(19年5月から)の思いが背景にありました。

 

これまで全国的にいじめが広がりを見せていますが、それぞれの事例には重大化する一定のパターンが見られます。具体的に言えば、教育委員会や学校に相談はあったものの、対応が先延ばしにされ、その間に取り返しのつかない重大な事態になってしまう、というものです。

 

このパターンに基づき私たちは「教育的アプローチの限界」という仮説を立てました。

 

学校現場においては、加害者と被害者という分け方はせず、あくまで互いに「指導するべき児童・生徒」として扱われます。教育的配慮から、歩み寄りを重視するあまり、事案によっては、解決まで時間がかかることもあります。そこで、我々監察課が第三者的立場で関与し、加害児童と被害児童を明確に分けて対応することで、早期に解決を図れるのではないかという考えから、この取り組みが始まりました。

 

── いじめ対応の迅速化にこだわっているのですね。

 

監察課:

被害者が「いじめられている」と感じた時点で、いじめ問題として動いています。チラシや電話などで通報・相談があった事例については、その日か翌日までに対応するのが原則です。いじめは昨日より今日とエスカレートしていく傾向があります。加害者にとってはなんでもないことの積み重ねであっても、被害者の心の傷は日に日に深まるものです。早期に止めることが被害者、加害者両方にとってよいことだと考えています。

チラシの文面

── 監察課を教育委員会から切り離して設置したのはなぜでしょうか。

 

監察課:

学校と教育委員会は、お互いにかばい合っているというイメージを持たれがちです。保護者からの信用を失ってしまうと、いじめ問題の解決はさらに時間がかかってしまいます。第三者である監察課の職員が間に入って対応することで、保護者からの信頼を得られていると思っています。

 

── 教育的アプローチ、行政的アプローチ、法的アプローチの三者の関係性について教えてください。

 

監察課:

学校現場には、いじめの予防や見守りといった教育的指導に専念してもらい、いじめ問題の調査は行政サイドである監察課が一手に引き受けています。

 

たとえば、監察課に通報・相談があった場合、まずは学校に連絡を入れ、被害児童への聴き取りの場を設けます。その後、加害児童や教員への調査も行い、いじめの早期解決を図ります。これまで解決に至らなかったケースはありませんが、仮に我々で解決に至らない場合は、告訴や民事訴訟の手続きを支援する「法的アプローチ」へと移行します。

教育的、行政的、法的アプローチのフロー

──  何をもっていじめが解決したとみなすのでしょうか。

 

監察課:

いじめの調査を行った後も、定期的に被害者への聴き取り等を通じて、いじめが継続しているかどうかを確認します。児童・生徒から「いじめが収まった」との返事や、関係児童・生徒や、周囲にいた児童・生徒に対する聴き取りの中でいじめ行為が止んでいることを確認すれば、そこで一度「いじめの停止」と定義しています。停止した段階で我々の行政的アプローチは一旦終わり、教育的アプローチへと移ります。

 

いじめの停止を確認してから3か月間は、学校現場が児童・生徒の見守りを担います。またその間も被害児童・生徒の登校状況や学校での生活状況などを調査し、3か月が経ってもなお、いじめが継続されていなければ、その時点で「いじめの終結」とみなしています。

「いじめは重大な人権侵害」被害者側への支援制度も充実

── いじめの被害者側への支援制度が充実していますね。

 

監察課:

いじめの被害者に対する支援制度は二つ用意されています。

 

まず初めに訴訟費用の一部を負担する「弁護士費用等支援事業」。いじめを受けている被害者の保護者に対し、弁護士への相談料や内容証明郵便の作成費用、民事訴訟の着手金などを、一件につき30万円まで補助します。

 

もう一つは「転校費用等支援事業」です。いじめの被害者が日常生活を取り戻すために転校がベストだと考えている際に、転校にかかる費用について15万円を上限に補助します。制服代や体操服、転校先の学校への交通費などが対象です。

 

── 「寝屋川市子どもたちをいじめから守るための条例」もありますね。趣旨や特徴を教えて下さい。

 

監察課:

まず、児童・生徒や保護者、地域住民に対し、いじめやその恐れがある事案についての通報を努力義務として加えている点です。もう一点は、市にいじめ事案の調査権を与えていること。児童・生徒の人権が保護されているか調べるための調査権を市長部局に付与することにより、実効性が担保されています。

 

──  条例では、市長が学校などに対し、加害者の出席停止や学級替えを勧告できると定めています。教育現場への介入につながる懸念もあるのではないでしょうか。

 

監察課:

あえて「勧告」という強い言葉を使っていますが、行政手続法の「行政指導(助言・指導など)」にあたるもので法的拘束力はありません。

 

私たちは、いじめを重大な人権侵害と捉えており、調査の結果、いじめ解決のため是正措置を行う必要があれば、学校等に対し、「勧告」を実施します。教育内容や学校の自律性に踏み込むものではなく、教育委員会の独立性を直接侵害するものでもありません。

 

──  一連のアプローチを通して学校現場などの意識に変化は生まれていますか。

 

監察課:

これまで学校現場がすべて担ってきたいじめ対応を、保護者対応を含めて監察課が一手に担うことで、多忙な学校現場の働き方改革にもつながっています。

 

行政的アプローチが機能することで、学校現場では、保護者が学校と監察課の両方に相談することも想定されるため、報告を迅速に上げるとの意識が芽生えているように感じています。

── 今後の課題はありますか。

 

監察課:

対応の迅速化はどこまで行っても終わりはないと思っています。より事案のキャッチから解決に至るまでのスピードを上げたいと不断に考えています。


取材・文/荘司結有 画像提供/寝屋川市