2021年上半期、働く女性にとって重要なトピックスは何だったのか。働き方改革や女性活躍に詳しい相模女子大学大学院特任教授、ジャーナリストの白河桃子さんと振り返ります。
前回記事『「テレワーク格差顕著に」白河桃子さんに聞く2021年上半期働き方の課題』では、テレワーク格差がうまれていることなどを伺いました。今回は、男性版産休の導入について。日本社会のアンコンシャス・バイアス(無意識の思いこみ)が変わると指摘されています。
男性育休がもたらすメリットは「仕事の脱・属人化」
── 前回伺った働き方の変化以外で、2021年上半期、白河さんが注目したトピックスは何でしょうか。
白河さん:
今年の6月、男性の育児休業の取得を促す改正育児・介護休業法が可決、成立しましたね。
これで、子どもの出生後、8週間以内に、最大4週間の休業を取得できる「出生児育児休業(男性版産休)」が22年に導入されることになります。これは日本の「育児は母親がするもの。男性は仕事」というアンコンシャス・バイアス(無意識の思いこみ)を変える転換点になると思っています。
この法律は、企業が男性従業員に育休取得の意思を確認することを義務づけ、育児と仕事が両立しやすい環境の整備を求めています。産後の女性のうつによる自殺防止という観点もあります。産後2週間が産後うつの発症のピークなので、そこを寄り添ってカバーするのです。
しっかり運用すれば「男性は育休を取らない」という社会の思いこみが変わります。そもそも研究者によれば、「人間は共同養育社会」で繁殖する生き物で、ママのワンオペ育児は「生き物として」間違っているのですね。少子化になるのも無理はないです。
男性が育児に参加しない先進国は少子化から脱却できません。かつては地域社会や大家族で賄われていた共同養育の環境が失われているので、まずは身近な共同養育者である男性が参加することは必須です。
また、男性の育児リソースがあれば、女性が仕事に費やせる時間も増えて、女性の年収も上がり、正規の仕事について管理職にもなりやすくなる。全て社会のためになります。
これは今年の上半期でもっとも重要なトピックスだと思いますが、企業の人事担当が意外と知らなかったり、正確に理解できていなかったりしています。
── 話題として聞いたことがあっても、いざ自分の会社で制度運用するとなると、必要な知識が不十分だったりするのでしょうか。
白河さん:
そうですね。どこの企業も男性社員の数は多く、また仕事が属人化していることも多いです。子供が生まれた社員が4週間休みを取得し、職場を離れるにはどうするか。チーム全体で仕事をシェアできるように、運用計画を立てないといけないですよね。
この法改正は、もちろん子育て世帯の働きやすさにもつながりますが、職場の利点は仕事の属人化をなくすことにあります。誰がいついなくなっても、長期休暇を取得しても回る職場にする必要があります。
これまでの職場は男性は休まない想定で回っていたのだけれど、男性だって育児もあれば介護も、本人の病気もあるわけで。どの社員がいなくても職場が回るようにするのはもはや必須ですし、そうしないと企業は弱体化していくでしょう。
また男子学生の8割が「育休を取りたい」と言っています。人材育成の観点でもしっかり運用すれば競争力が上がります。
人権意識に疎いと生き残れないと実感した年
── ほか、上半期注目されているものはありますか。
白河さん:
そうですね。今年は日本でオリンピックが開催されたことで、いろんなことが明らかになったと思います。日本にも「#MeToo」やBLM(ブラック・ライヴズ・マター)など人権問題の影響がきているなということですね。日本の人権意識が非常に遅れていることが、オリンピック前のトラブルの原因になっていました。
東京五輪・パラリンピック大会組織委員会の森喜朗会長が自身の女性蔑視発言の責任をとり、辞任しましたよね。女性差別問題で辞任するのは日本では初めてだと思います。欧米では普通に起きているのですが。
河村たかし名古屋市長が、表敬訪問した五輪選手の金メダルをかじる行為に及んで、バッシングされましたね。そのほかオリンピック関係ではさまざまな人が過去の差別などで辞任しました。
人権意識に疎いと生き残れない、人権意識に対して厳しくなったとみんなが実感した年なのではないでしょうか。セクハラもパワハラも人種差別もみんな人権の問題ですよね。そこが本当に厳しくなってきましたね。
── たしかにそうですね。
白河さん:
オリンピックはいろんなことを炙り出したけれど、日本の人権意識がグローバルには通用しないんだということがわかってきました。
政治に対しても、みなさん考えをいうようになりましたね。コロナで今まで政治に関心なかった人たちが、暮らし、命に政治が直結すると知って、声をあげるようになったのです。署名活動、ツイッターデモなど、盛んです。そこは注目して見ていた上半期です。
企業に多様性を取り入れる
── ジェンダーギャップ解消はあまりよくない数字が出ましたがいかがでしょうか。世界経済フォーラムが男女平等の度合いをランク付けした「ジェンダー・ギャップ指数」は2021年は156カ国中120位と、前回からほぼ横ばいです。
白河さん:
実態はかなり変わってはきていると思います。コーポレートガバナンスコードが改訂されて、取締役会の多様性が問われ、女性取締役がいない上場企業もだいぶ減りました。
日経新聞によれば、女性役員、取締役らがいない企業は全体の40数%です。この話題が日経新聞に出ることが、すごいことだと思います。新聞に大きく取り上げられたことで、さらにいい効果を促すのではないでしょうか。
ただ、今後は社外取締役だけでなく、さらなる生え抜きの女性取締役誕生にも期待したいです。そのためにも人材育成が必要なのですが、次の世代が圧倒的に少ないんですよね。50代ぐらいは、もともとの女性採用人数も少ないうえ、両立制度が整っていなかったので辞めてしまうケースが少なくありませんから。また職種自体が事務職などに限定されていました。
管理職の女性比率を上げるには外部登用も重要に
最近は日本企業から外資系企業に転職した人が、再び日本企業に戻ってくるケースが増えていて、それはいいことだと思っています。
生え抜きの女性社員を育てることはもちろんですが、管理職の女性比率を上げるには外部登用、外の血が混ざることも大事なんです。経験の多様性も生まれ、企業にとってもプラスになります。うちの会社の当たり前は「当たり前じゃなかった」という気づきは、中途採用の社員からもたらされます。
この流れは働く女性にとってもプラスになります。これまでは転職は35歳までという、いわゆる「35歳の壁」が指摘されていましたが、今はどの企業も特に女性の管理職クラスを必要としています。チャンスがある人は諦めずに挑戦してみてもいいかもしれません。
淘汰される事務職に「約束が違う」の声
── 今後、特に求められる職種などはありますか。
白河さん:
どんな企業でも欲しいのは、デジタルトランスフォーメーション(DX)に必要な理系エンジニアです。反対に事務職などは働き方改善や業務の効率化によってこれまで通りの雇用維持が難しくなる、つまり技術的失業になる可能性があります。
この技術的失業リスクは女性が男性の3倍とも言われていますので、自衛をしていかないといけません。
すでに、企業から過去に採用した事務職の方達を総合職に職種転換してもらえるようにお願いをしたいがどうすればいいか、という相談がきています。
一方、現場からは転勤やノルマを不安視する声が上がっているようです。もともとは同期の総合職よりも給料が低い代わりに転勤やノルマのない働き方を選んだのに、「約束が違う」と。
その気持ちはもちろんわかります。でも働き方が大きく変わるなかで、企業も雇用維持のために提案をしていると思うので、多少のストレッチをするつもりで、新しい仕事にもチャレンジして欲しいと思います。
2021年の下半期…その見通しは?
── 残り半年の見通しはいかがでしょうか。
白河さん:
そこはなんとも言えないです。コロナ禍の状況も見えないですし。ただ、コロナ禍で悪化した業績が回復している企業、そもそも打撃を受けていない企業、打撃を受けたままの企業と、差が出ています。たとえコロナ禍が落ち着いたとしても、その差が一気に埋まるかといえば、そうはならないと思います。
観光や飲食、エアラインなど、アフターコロナを見通し、人的リソースをどれだけ維持できるかも大きなポイントです。
例えばJALやANAなどの航空業界は雇用維持を頑張っています。需要回復後のために人材を確保しておかないと立ち上がりが遅れてしまうので。企業体力がないとこれを長期で行うのは難しいですが、その差も出てくると思います。
あとはデジタルトランスフォーメーション(DX)は下半期も進むでしょう。金融などは特に厳しいビジネスモデルの変化がある。支店などもどんどん統廃合されていますよね。業界ごとに、DX含めた再編が進むので、スピードについていける企業とついていけない企業が出ると思います。
今後企業が生き残っていけるかどうかは、柔軟に変化できるか次第だと思います。
プロフィール 白河桃子
取材・文/天野佳代子 プロフィール写真/白河さん提供