DV夫に苦悩する妻

家庭内暴力(DV)に苦しむ人たちからの相談件数はコロナ禍でより顕著となり、2020年度の相談件数は19万件超え、過去最多です

(内閣府の速報値より)。うち9割は女性からの相談だと言われています。実際、夫の暴力からどうやって逃げ、その後どんな生活が待っていたのかを、話してくれた女性がいます。

 

高収入男性から有名レストランの誘いやプレゼント攻勢され

10年前に知り合い、つきあうようになって半年ほどは「夢のような恋愛」だったとサキさん(38歳=仮名)は言います。5歳年上の彼は優しくて高収入、予約が取りづらいレストランで食事をしては高価なプレゼントまで、そんな振る舞いをする男性は初めてでした。

 

 

「ただ、思い返せば、彼のやり方はお金をつぎ込むだけで、私のために手間や労力をかけてくれたことはなかった。私はお姫様扱いされることで舞い上がっていたんです」

 

半年後に妊娠して29歳で結婚すると、そこから彼は本性を表しました。新婚生活はつわりとの戦いで、そんな彼女を夫はいたわることなく「オレの飯は?」と平然と言い放ったそうです。

 

「“間違えた”と思ったけれど、もう遅かった。つわりでもなんとか食事の支度や家事をこなしていたのですが、夫は『おかずが少ない』『まずい』と不機嫌になることも多くて。夫の顔色をうかがうようになりました。

 

それがまた夫をいらだたせるんでしょうね。あるとき、チラッと夫を見ると、『なんだその目は!』と怒り始め、お酒を飲んでいたのもあって、いきなりビンタされました」

 

一度、たがが外れるともう止まりません。1か月に1度くらい、サキさんは腕や背中に大きなアザができるほど殴られました。

 

「さんざん殴ったあとに『ごめん』と私に抱きついて泣くんです。それがDV夫のあるあるだと気づかず、この人も苦しんでいるんだとほだされてしまいました」

 

子どもが生まれれば、きっといい父親になると信じていたのに、結局は変わりませんでした。授乳中にムリヤリ、性行為を強要されたときは本当にせつなかった、とサキさんは振り返ります。

 

「息子の成長が遅いのかもと不安になってつい愚痴ったとき、夫は『おまえの育て方が悪い』と。自分は子どもの面倒を見ないのに、文句や嫌みだけは言う。このままでは私が壊れてしまう、なんとかしなければと、思うようになりました」

鬼のように電話やLINEをかけてくる夫

それから5年間、サキさんはひたすら我慢を続けましたが、同時に友人や弁護士に相談するなどの準備は重ねていました。

 

ある日、ひどく殴られ限界を超えたと感じたサキさん。友人に力を借り、夫が会社に行っている間に身の回りのものを車で運び出し、友人の親戚が所有するアパートの一室に、息子とともに落ち着きました。

 

「その晩から夫から鬼のように電話やLINEが届きましたが、完全無視。弁護士さんにも動き始めてもらいました。最初は協議が進みませんでしたが、最終的には私が警察に出した『被害届を取り下げるなら離婚する』と、夫が申し出たそうです。会社に知られたらまずいと思ったんでしょうね」

 

とはいえ、夫からえた慰謝料はたいした額ではありませんでした。養育費も月に3万円。そこに着地するまでに2年もかかり、サキさんは疲弊したといいます。

 

「いろいろな人に助けてもらいながら、仕事も再開しました。でも、この先、どうやって生きていこうとずっと悩んでいました。手に職をつけたかった。そんなとき国の給付金などを使いながら国家資格をとることができると知ったんです」

 

サキさんは子どもが小学校に入る時期に、あらゆる制度を駆使して、最低限の生活費を給付してもらいながら3年間、専門学校に通うことにしました。そのために必死で勉強も重ねました。

資格をとるために必死に勉強。それを見た息子が

 

「学校に入る直前、知人の紹介で女性が経営しているシェアハウスに引越しました。独身女性3人、シングルマザーがひとりいて、いい距離感で暮らしているのを見てここにしようと決めたんです」

 

3年間、彼女は朝から夕方まで学校、そして息子と夕飯をとるとすぐに机に向かって勉強する日々でした。その姿を見ていた息子は、自分も本を読んだり勉強したりするようになりました。

 

 

「私自身が忙しくて、息子に勉強しろと言ったことはありませんが、親の背中を見ているんでしょう。シェアハウスにはアルバイトをしている女性もいるし、平日がお休みの人もいます。息子が帰ってくると誰かが声をかけてくれる。私自身も夜、ふっと寂しくなって共有のリビングに行くと、誰かいて話し相手になってくれる。孤独に陥らずにすみました」

 

そして彼女は無事に国家資格に合格、この春から働き始めています。我慢の限界を超えて一歩踏み出したことが今の日々につながりました。「あのとき決意して、本当によかった」、サキさんは明るい笑顔を見せました。

 

DV夫に苦悩する妻
夫の虐待から脱し子どもと生活する女性
文/亀山早苗 イラスト/前山三都里 ※この連載はライターの亀山早苗さんがこれまで4000件に及ぶ取材を通じて知った、夫婦や家族などの事情やエピソードを元に執筆しています。