政治家の“失言”がたびたび話題になるように、女性たちが不愉快になるようなセクハラは日常的に起こっています。夫から妻へ、父から娘へ、そしてやっかいなのが義父から嫁へ。家族や親しい仲でもハラスメントは許されないという感覚があれば、人を尊重すべき意識が高まるかもしれませんが、「うちに嫁いできた、軽んじていい女性」という認識があるのでしょうか。
笑って許すべきことではない
トシコさん(39歳)は、結婚して10年。2歳年上の夫とは職場恋愛で、3年つきあって結婚しました。部署は違いますが、今も同じ会社で仕事をしています。
「20代の頃、私は会社で組合の仕事もしていました。主に女性が働きやすい職場を作るために、さまざまな情報を集めて分析したりしていたんです。会社側と対立するのではなく、穏便に企業体質を変えていきたいと思っていました。夫も同じ活動をしていたんですよ」
結婚してすぐ妊娠して、女の子が産まれました。子どもが1歳になるのを待って職場復帰しましたが、組合活動は休んでいます。
「当時、夫に育休をとってほしいと言ったけど、とってくれませんでしたね。私は地方出身で両親がもういないので、結局、出産後は近所に住む義母が手伝ってくれました。だけど、義母とはどうも折り合いがよくなくて…。それでも同居しているわけではないし、私が我慢すればうまくいくんだから、と自分を抑え込んできたんです」
どういう立場であれば、人間は対等に尊重されて当たり前。トシコさんは常にそう思っていました。学生時代も社会人になってからも、「人を軽くみる」「人を見下す」ことが許せなかったそうです。夫はそういう人ではないと信じたからこその結婚だったのですが、子どもが生まれてから育休の件もあり、夫に“疑念”を抱くようになりました。
「“義父の体調がすぐれないから、孫の顔を見せにきて”という義母の希望もあって、週末のどちらかはなるべく義父母宅へ行くようにしていました。やはり孫の顔を見ると、義父も元気になるんですよ」
義母も疲れているだろうと、トシコさんは台所に立って料理をすることもあります。そんなとき、やけに義父が後ろを通るのです。そのたびに体に“人の体温”を感じました。
「最初は気のせいかと思ったのですが、義父が触れていたんです。カッと頭に血が上りましたが、そこで怒るのも大人気ないかと思ってしまいました」
「女は我慢するしかない」のでしょうか。
ついに我慢の限界。義父の手をつかみ…
義父母宅に行くたびに、トシコさんは嫌な思いをしました。触れてくるだけではなく、義母のいないところで、「トシコさんの唇は色っぽいね」「肌が白くてきれいだ」などと言うのです。
「もう嫌だと思って、夫に言ったんですよ。こういうことがあるから義父母の家には行かない、と。そうしたら夫が『気のせいじゃないか』と。どう言っても信じてくれない。夫だって認めたくはないでしょうけど、私のことが信じられないの?と大げんかに」
それから、夫に懇願されて訪ねた時も不快な思いをしたトシコさんは、またも夫に告げました。すると、夫は「そのくらい大目に見てもいいんじゃないの?相手は年寄りなんだから」といったので、彼女は絶句したそうです。
「高齢者なら何をしても許されるわけ?不愉快でしたね。あんなに人権を大事にと言っていた夫が、自分の親のことになると正しい判断ができなくなるなんて」
そして次に同じことがあったとき、ついにトシコさんの中で何かが壊れました。
「義父の手首をばっとつかんで、『お義父さん、いいかげんにしてください。そんなに嫁の体を触りたいですか!』と皆に聞こえるように言ったんです。そのときちょうど、夫の妹一家も来ていて賑やかだったんですが、場が一気にシーンとなりました」
家族も夫婦も救った義妹の“ひと言”
義父がわなわなと怒りを見せて何か言いそうになったとき、義妹が「お父さん、恥ずかしいことしないで」とピシャリと言い放ちました。
「義妹は『義姉さん、ごめんね。これからはお父さんがお義姉さんに近寄らないようにするから!お母さんも気をつけてよ!わかった?』とキツい調子で両親をとがめたんです。義母は仏頂面のままうなずき、夫は慌てているだけで、何も言えない。義妹に救われました」
その日は皆で食事をし、義妹が場の雰囲気を作ってくれたといいます。帰宅してからも義妹は謝罪のメッセージを送ってきたそう。
「それまであまり深い話をしたことがなかった義妹ですが、それをきっかけにものすごく仲良くなりました。一方で、夫はまったく頼りにならないこともわかった。でも、しばらくたってから夫が謝ってきました。『オレは家族のことから逃げてきた。ことなかれ主義だと妹に怒られたよ』って」
3年にわたる彼女の悩みは、こうして解決されました。
「もっと早くにノーを突きつけたほうがよかったのかもしれません。あのままだったら私たち、たぶん夫婦関係もギクシャクして離婚の危機だったと思います」
家族関係が壊れるのではないか、“嫁”の立場で言ってはいけないのではないか。そんなふうに考えるよりまず、やはり「嫌なものは嫌」と言って波風を立てることは、必要なのかもしれません。
文/亀山早苗 イラスト/もちふわ
※この連載はライターの亀山早苗さんがこれまで4000件に及ぶ取材を通じて知った、夫婦や家族などの事情やエピソードを元に執筆しています。