兵庫県明石市の泉市長が、「離婚後に、約束した養育費を払わなくなる元配偶者が多過ぎる。シングルマザーの貧困を食い止め、子どもが安心して成長できるよう、養育費不払い者の氏名を公表する条例を検討している」と発言し話題になっています。

 

この制度はどういった内容なのか、日本や世界各国の養育費の仕組みはどうなっているのか、氏名を公表することでなにか問題はないのか…などについて考えていきます。

 

日本の養育費不払い問題、これまでの状況と明石市の案


口約束にせよ公証役場で公正証書を作成するにせよ、離婚時に決めた養育費の支払い額や期限は守るのが当然。

 

しかし、日本では、離婚後年数が経っても約束通り養育費を受け取れているのは、母子家庭では全体のうち約24.3%と、4人に1人しかいないそう。

 

そしてこの低い率は、なんと昭和20年代から70年以上も変わっていないというから驚きです。

 

養育費が受け取れない多くのシングルマザー家庭が平均より低い年収で生活しており、子どもの習いごとや塾・部活などに支障が出ているといいます。

 

さらに、この格差は大学進学率や収入など子どもの一生に影響し、多くの貧困の連鎖を生んでいます。

 

たしかに、離婚後まったく子どもと会うこともできず、再婚して新しい家族ができた…などの場合、収入の一部を送り続けなければならないのをだんだんと苦痛に感じ始めることもあるでしょう。

 

しかし、親としては、その子の人生をスタートさせた責任がある以上、いくら苦痛でも逃げ出すわけにはいきません。

 

それなのに、離婚後しばらく経つと養育費の振込みが途絶えるケースが後を絶たず問題になっています。

 

元配偶者の勤め先に給与天引きを要請したり銀行口座を差し押さえることは以前から可能でしたが、転職したり別の口座へ預金を移して「お金がない」と言い逃れをしたりするとそれ以上は追及できず、罰則も軽いため泣き寝入りするケースが多くありました。

 

こういった養育費の不払い状況を改善するため、2018年には民事執行法が改正され、もし財産を隠しても、裁判所が金融機関や年金事務所などへデータを照会できる「第三者からの財産情報取得手続き」が創設されました。

 

とはいえ、これも事前に公正証書を作成した場合に限られており、相当の費用もかかるため、本当に生活の余裕がない時には利用が難しいものになっています。

 

こういった状況をなんとかしたいという思いから、明石市では、生活の苦しいひとり親世帯にも負担のかからない「不払い者の氏名公表制度」を検討するに至ったといいます。

 

もちろん、いきなり無断で氏名を公表するようなことはなく、次のような段階を想定しているそうです。

 

  • 養育費の金額が確定しているのに支払わない相手に「勧告」を出す
    (弁明の機会を設け、病気で働けないなどの事情がある場合は猶予する)
  • 勧告に応じなければ行政から「命令」を出す
  • それでも支払わない場合、市のホームページなどで氏名を公表する

海外では、養育費不払いについてどんな対策をしている?

 

ところで、海外(おもに先進国)では、養育費の取り決めはどのようになっているのでしょうか。

 

欧米や韓国などでは、子どもがいる夫婦が離婚するときには、養育費について取り決める義務があります。

 

いっぽう日本では取り決めの義務がなく、現在、離婚時に養育費の取り決めをしているのは約43%。配偶者からの暴力や話し合いに応じないなど取り決めが難しい場合もありますが、それを差し引いて考えても全体の半分以下と非常に少なくなっています。

 

もし養育費を支払わなかった場合、オーストラリア・アメリカなどでは、氏名だけでなく顔写真も公開されることが法で定められています。

 

イギリスでは、給料天引きのほかに最長6週間収監されることもあるそうです。

 

スウェーデンなど北欧では、国がいったん養育費をひとり親世帯へ支払ってから取り立てる制度があり、カナダでも、不払い者は運転免許証やパスポートが一時停止されるなど厳しいペナルティが課せられています。

 

対して日本では、例え公正証書などで取り決めていたとしても、「義務」だけで「罰則」はない状態。

 

ひとり親家庭が増加している今日、子どもの貧困をなくすために、明石市だけでなく国全体で対策を考えていく時期ではないでしょうか。

 

「氏名公表」によるデメリットは?


氏名の公表に対しては、「これで支払い率が上がれば」と期待する人も多い一方で、次のような懸念を訴える人もいます。

 

「氏名を公表された結果、職を失い、養育費が払えなくなるのではないか」

 

「悪意ある知人などに、親の離婚歴や養育費を払わないことを見られると、子どもが誹謗中傷にあうのでは」

 

「支払えなくなった時に氏名を公表されることを恐れ、離婚時に養育費の額を少なくしようと対立が激しくなるのでは」

 

「元配偶者が子どもと不当に面会させないような場合でも、氏名公表をタテに養育費だけ払い続けなければいけないのか」

 

など、個人情報保護の観点や、子どもの心を傷つけるのでは?という心配の声もあり、課題はまだ残されているといえます。

 

おわりに


今回の「氏名公表」は少しショッキングな制度ですが、明石市長も「氏名を公表することが目的ではなく、夫婦間で約束した養育費をきちんと支払ってもらうための仕組みとして考えている」と話しています。

 

これを機会に、今後、氏名公表に至るまでに他にどんな方法が取れるのか、しっかりと養育費を取り決めたり支払ったりするにはどうすればいいか…を国全体で考えていくことが必要だと考えます。

文/高谷みえこ
参照/NHK NEWS WEB 「養育費不払いなら名前公表」 全国初の制度検討 兵庫 明石
厚生労働省 「平成28年度全国ひとり親世帯等調査結果」