他人の咳払いや咀嚼音を聞くと、激しい嫌悪感や怒りが湧いてしまう── 。自宅でも「シャンプー中以外はずっとイヤホン」を手放せず、家族からも孤立していった高岡稜さん。彼を苦しめていた正体は、特定の音に強い苦痛を感じる「ミソフォニア」でした。「わがまま」と誤解されがちな苦悩の実態と、その向き合い方を伺いました。
家族の咳払いにも激しい嫌悪感が湧き上がり

── ミソフォニアとは、特定の音(咀嚼音、鼻をすする音ほか)などのトリガー(きっかけ)によって、激しい怒りや嫌悪感を抱くなど、学校や日常生活にも支障が出る症状だと聞いています。しかし、ミソフォニアの研究が始まったばかりで未解明のことが多く、治療法も確立していないそうですね。
高岡さんはミソフォニアの当事者として、NPO法人日本ミソフォニア協会を立ち上げて情報を発信されています。今はだいぶ症状が落ち着いているそうですが、そもそもミソフォニアにはどんな症状があるのでしょうか?
高岡さん:特定の音に対して強い嫌悪感などを抱くのですが、主に「人から出る音」と「環境から出る音」に分類されます。「人から出る音」はたとえば咀嚼音や鼻をすする音、咳払い、くしゃみ、あくびなどですね。「環境から出る音」はタイピング音、マウスのクリック音、ペンをカチカチする音など。人によって感情的になってしまうトリガーは異なります。
私の場合は鼻をすする音、咳払い、くしゃみがトリガーでしたね。一般的には咀嚼音が気になる人が多いですが、私は特に症状は出ませんでした。
また、聴覚過敏と混同されやすいのですが、「聴覚過敏」は音の大きさによって不快感を感じるいっぽう、「ミソフォニア」は音の大きさに関係なく、特定の音に苦痛を感じます。
── ミソフォニアはトリガーになる音が聞こえると、どうなるのでしょうか?
高岡さん:人によっては心臓がバクバクするとか、パニックになる人もいます。私の場合は激しい嫌悪感と怒りが中心ですね。症状が出ると「その場から離れたい!」と思うほどつらかったです。
── 高岡さんが音に対して違和感を抱いたのはいつごろからですか?
高岡さん:たぶん、小学5年生くらいだったと思います。家族と自宅で過ごすときも、母が鼻をすする音や、父の咳払いが気になっていました。母は鼻炎持ちでしたし、「鼻をかんでくれたらいいな」と思うことはありましたが、当時はうまく伝えることができませんでした。
── 鼻をすする音はトリガーになるけれど、鼻をかむ音は大丈夫だったのですね。嫌悪感の症状が出たときは、どのように対処しましたか?
高岡さん:当時はミソフォニアという言葉を知らなかったので、なんでこんなに特定の音に嫌悪感を抱くのか自分でもわからず、ひたすら耐えるしかなかったです。私は両親ときょうだいの5人家族ですが、家族との食事でも音に反応し、家族と食事をすることすらだんだんつらくなっていきました。
中学生になると自分でイヤホンを持つようになったので、食事中は私だけイヤホンをつけ、音楽を聴きながら食事をするようになりました。でも、音楽を聴いていても曲と曲の合間に一瞬、無音になるときがあるじゃないですか。その間に不快な音が聞こえることがあったし、咳払いが大きいとイヤホンをつけても音が貫通するんですよね。だから次第に、食事は自分の部屋でするようになりました。
── 高岡さんだけ自分の部屋で食事をすることについて、ご家族は何かおっしゃっていましたか?
高岡さん:特に何も言われていませんが、心配をかけていたと思います。家族4人は一緒に食事をしたり、リビングでくつろぐなかで私は自室でひとり。家族のなかで圧倒的に孤独でした。でも、トリガーになる音から逃げるしか、対処法が見つからない。自分の部屋が唯一の逃げ場になっていました。
家ではシャンプー中以外、イヤホンが手放せず
── 自分の部屋以外から音が漏れ聞こえるので、自室でもイヤホンが手放せなかったそうですね。家で外せたのは、お風呂や寝るときくらいでしょうか?
高岡さん:いえ、びっくりされるかもしれませんが、お風呂でシャンプーをしているとき以外はずっとつけっぱなしです。シャンプー中はスマホとイヤホンを袋に入れて水に濡れないところにいったん置いて、シャンプーが終わったらまたつける。寝るときもつけっぱなし。朝も布団から出て顔を洗う時もずっとつけていて、もう体の一部みたいな感じでしたね。
ただ、ずっとイヤホンで音楽を流しているので、精神的に休めなかったです。学校や友達の前では気をつかって外しましたが、試験中は社会など暗記が多いものはまだいいのですが、国語や数学など、その場で新たに考えるものはキツかったです。一問解いている間に誰かが鼻をすすると、トリガーによって集中が途切れてしまう。高校2年生のときに初めて先生に相談して、試験中のみ耳栓の許可をもらうことができました。
── ご自身でミソフォニアとわかったのはいつくらいですか?
高岡さん:高校1年生くらいだったと思います。ネットで自分の症状を調べていくと、「ミソフォニア」という言葉を見つけました。「自分以外にも同じ症状の人がいるんだ!」と知ってちょっと嬉しかったというか、安心した気がします。それまでは名もなきものとひとりで戦っていた感じだったので、名前がついていることで何か対策できたらいいなとも思いました。
病院を受診したのは、高校3年生のときです。センター試験で「受験上の配慮」といって、別室で試験を受けられる制度があって。ただ、申請するためには、病院の診断書も必要だったんです。このとき初めて、ミソフォニアと医師から伝えられました。でもはじめは何科を受診していいのかもわからず、脳神経内科に行きましたが、違ったようで。その後、メンタルクリニックを受診したところ、診断書を書いてくれました。