母だけが私の夢を応援してくれた

オダウエダ
今ではグレていたとは思えない穏やかな小田さん

── 結局、どれくらいの期間、駆け込み寺にいたのでしょうか?

 

小田さん:1か月くらいだと思います。実は入って1週間ほどで、母がもう大丈夫だろうと車で迎えに来たんです。母はそれまでも心配からか、他の家庭に比べて私に対して過干渉な部分が少しあったと思うので、私の様子が気になったのだと思います。

 

でも、住職は「もう少しここにいたほうがいい方向にいく」と思ったようです。私も住職から意思を聞かれましたが、今戻ったらまたすぐに元の生活に戻ってしまうと思ったため、「まだここにいたい」と答えました。

 

住職はそのとき母に「娘のことを心配しすぎるだけでなく、もう少し信用してやりたいことをやらせてあげてみてはどうか」と伝えたそうです。離れて信じて待ってあげなさいと。それを聞いた母は自分はもしかしたら娘に干渉しすぎていたのかもしれないと思ったそうで、8時間かけて来たのに私の顔を見ずに愛知に帰っていきました。

 

私はその話を聞き、遠路はるばるひとりで駆けつけてくれたこと、私のことを思い、何も言わずに家路に帰ったことを知り、これまでのことを申し訳なく思いました。

 

── その後はお母さんとの関係もよくなったのでしょうか?

 

小田さん:そうですね。私はその後、17歳で芸人になることを決め、高校を中退してよしもとの芸人養成所に入りました。ただ、そのとき周りに猛反対されて…。みんなに「学校を辞めるな」と言われたのですが、背中を押してくれたのが母だったんです。

 

母だけが「本当にやりたいならば、高校卒業を待たずにすぐにやりなさい」と私を信じて応援してくれたのは、あのときの住職の言葉があったからかもしれません。そのおかげで今の相方の植田とも出会えたので、母には本当に感謝しています。高校を卒業してから芸人養成所に行ったら、きっと植田と会うことはできませんでした。

 

── 駆け込み寺に行ったことが、その後の人生に大きな影響を与えたのですね。

 

小田さん:駆け込み寺の経験で自分自身の視野がすごく広がりました。地元の小さなコミュニティしか知らず、自分のルーツを知っている人ばかりの環境から、まったく新しい世界に飛び込んだことで、新しい価値観にも出会うことができたんです。その経験がなければきっと地元で就職して結婚して…という、今とは違う芸人ではない生活を送っていたと思います。

 

また、住職は私の話を聞いて、「今までつらかったね」と言ってくれました。それまで私自身、自分がつらいと思っていることに気づいていなかったんです。自分の過去や家庭環境がふつうではないことにストレスを感じ、そこから目を逸らして勝手なことばかりしていました。でも、「自分はつらかったんだ」と気づくことで、ストレスから解放された気がしました。原因がわかったことで逃げてばかりの生活をしていてはダメだと思えるようになり、立ち直れたのだと思います。

 

取材・文:酒井明子 写真:小田結希