家族のために必死で働いているのに、なぜ── 。結婚半年、妻から突然突きつけられた離婚届と「モラハラ」の告発。納得がいかず猛反発していた太田基次さんでしたが、妻は彼の帰宅する足音を聞くだけで恐怖に震えるほど追い詰められていました。なぜ自分は愛する妻を絶望させたのか。幼少期まで記憶を遡ったとき、浮かび上がってきたのは、かつて自分自身が怯え抜いていた「父」とまったく同じ自分の姿でした。

なんで自分が加害者扱いされなきゃいけないんだ

太田基次
現在は妻とモラハラを専門としたカウンセリングを行い、セミナーも開催している

── 現在は、モラハラを専門としたカウンセリングを行う太田さんですが、以前はご自身が加害者として奥さんにモラハラを行っていたと伺いました。どのように気づき、改善につなげていったのでしょうか。まずは、パートナーとの出会いから教えてください。

 

太田さん:30歳のころ、野球好きが集まるチャットで妻と知り合いました。野球観戦やお笑いなど、共通の趣味が多く、8年ほどの交際期間を経て結婚。交際していたころは、お互い実家暮らしで、週に1回会うくらいだったので、大きなトラブルもありませんでした。

 

── 結婚生活は順調なスタートだったのでしょうか。

 

太田さん:順調だったのは最初だけでした。結婚して「これまで以上に働かないといけない」という意識が強くなり、残業の多い会社で必死に働きました。自分としては「家族を養うために頑張っている」という気持ちだったんです。

 

しかし、結婚から約半年後、妻から「離婚を考えている」と告げられて…。そのときには、妻はすでに、自治体の相談窓口にも行っていたようで「あなたのパートナーはモラハラをしているから離婚したほうがいい」と言われたそうなんです。

 

── 当時、おふたりの関係はどのような感じだったのですか。

 

太田さん:あのころの私は、仕事のストレスもあっていつも不機嫌でした。自分が帰宅したときに、洗い物や洗濯が終わっていないとイライラしていましたし、妻に対して「なんで家事が終わっていないんだ」と怒鳴ることもありました。物に当たって怒りをぶつけることもあり、妻は私が帰宅する足音を聞くだけで、動悸がするようになっていたそうです。

 

── パートナーから「モラハラ」という言葉を聞いたとき、太田さんはどう受け止めましたか。

 

太田さん:受け入れられませんでした。「妻のために頑張って働いているのに、なんで自分が加害者扱いされなきゃいけないんだ」と怒りが込み上げて。妻を怒鳴り、その後しばらくは、一方的に妻を無視するようになりました。

 

── 当時は、ご自身がモラハラをしているという自覚はなかったのですね。

 

太田さん:はい。まったくありませんでした。当時、家事のほとんどは妻がやっていて、私はゴミ出しをするくらい。妻もフルタイムで働いていたのですが、「家事は妻がやるもの」と思っていたんです。

 

それに、私の父は家事をまったくしない人でした。だからゴミ出しだけでも、「自分は夫としてちゃんとやっているほうだ」という感覚でした。

幼少期に怯えて育った父の姿

太田基次
幼稚園時代の太田さん、気づけば父を怒らせないようにしていたと語る

── そうした価値観は、幼少期の環境が影響していたのでしょうか。

 

太田さん:今振り返ると、育った家庭の環境が大きかったと思います。父は鉄工所を経営していて、家のことは何もしませんでした。いっぽうで、母は専業主婦でしたが家事があまり得意ではなく、そのことで父はいつもイライラしていたんです。

 

父は口を開けば怒鳴っているような人でした。「なんでこんなこともできないんだ」と母を責める姿を見て育ちましたし、私自身も、好き嫌いをしたり、父の気に障ることがあると怒鳴られたり、叩かれたりする毎日でした。

 

── 幼いころから、お父さんの顔色をうかがって生活していたのですね。

 

太田さん:そうですね。私にとって、父は怖い存在でした。何度か言い返したこともありましたが、「口答えするな」と言われて、拳が飛んでくる。だから、だんだん「怒らせないようにしよう」と考えるようになっていきました。

 

母は私をかばってくれることもありましたが、父がいないところで「お父さんを怒らせないで」と言うんです。次第に、私のなかでは「父を怒らせない生活」が当たり前になっていきました。

 

── 幼いころの家庭環境が、ご自身の夫婦関係にも影響していたと感じますか?

 

太田さん:はい。子どものころは、父と母の関係が「普通」だと思って育ちました。父が怒鳴ることも、家事のすべてを母がやっていることも。それ以外の夫婦の形を知らなかったんです。

 

だから、妻と一緒に住むようになってからも、「家事は妻がするもの」という考えになんの疑問も持ちませんでした。それどころか、家事がきちんとできていないことにイラ立ち、不機嫌な態度をとったり、責めることもありました。当時の私は、それが妻を追い詰めているとは思っていなかったんです。

 

── 当時の太田さんの対応に、奥さんは意見を言ったり反発したりはしなかったのでしょうか。

 

太田さん:あのころの妻は、私に意見をぶつけてくることはありませんでした。今思えば、私を怒らせないように、自分の気持ちを押し殺していたんだと思います。

 

── パートナーから「モラハラ」と「離婚」を突きつけられて以降、おふたりの関係はどのように変化していきましたか?

 

太田さん:当初、私自身の考え方は何も変わりませんでした。でも、妻のほうが少しずつ変わっていったんです。

 

それまでは、買い物や友人との外食なども含め、何をするにも私と一緒に行動していた妻でしたが、ひとりで実家へ帰ることが増えたり、友人と会うようになったり。さらに、私の怒りに対しても言い返してくるようになりました。その様子を見て「性格が変わってしまった」と感じたほどです。

 

でも今思えば、妻は少しずつ自分の意思を取り戻していったんだと思います。そうした姿を見て、初めて「このままでは本当に離婚されてしまう」という焦りを感じるようになりました。

「自分は父親と同じことをしていた」と気づき

── パートナーの変化を見て、「このままではいけない」と思われたのですね。

 

太田さん:以前は「自分がモラハラと言われるのも妻に原因があるからだ」と思っていました。でも、妻が私に頼らず、自立した行動を取り始めたことで、「妻は自分から離れない」という思い込みを変えざるを得ませんでした。「失うかもしれない」という現実を目の当たりにして初めて「自分は正しい」という思いが揺らぎ、「もしかしたら、自分にも原因があるのかもしれない」と自分自身に目を向けられるようになったんです。

 

── ご自身を見つめ直す中で、一番大きな気づきは何でしたか?

 

太田さん:「自分は父親と同じことをしていた」と気づけたことです。ただ、そのことに気づくまでには時間がかかりました。カウンセリングを受けたり職場の先輩に相談したりするなかで、自分を振り返る機会が少しずつ増え、気づきにつながっていったと感じています。

 

それまでの私は、いつでも「自分は悪くない」と思っていました。でも、第三者の話を聞き、妻の立場や気持ちを考えるようになっていったことで、この考えを改めることができました。

 

また、だいぶ時間が経ってから、妻に当時のことを聞いたとき、「あのころは、あなたのことが怖かった」とも言われました。

 

── その言葉を聞いたとき、どんなことを感じましたか。

 

太田さん:私が子どものころ、父を怒らせないように顔色をうかがっていた姿と、当時の妻の姿が重なりました。その言葉を聞いて改めて理解できたんです。子どものころから見てきた夫婦の姿を、無意識に再現していたということを。

 

でも、当時の私は、それが当たり前だと思っていて…。だから今でも、「自分は正しい」と思ったときほど、一度立ち止まるようにしています。自分にとっての当たり前が、本当に相手にとっても当たり前なのか。そのことは、これからも忘れずにいたいと思っています。

 

取材・文:佐藤有香 写真:太田基次