35歳からの修行。会社員経験が武器になった

── そこからすぐに寿司職人養成学校に行かれたんですよね。30代半ばからの職人修行、大変な部分もあったのではないでしょうか。
鈴木さん:今は父が引き継いだ昔ながらのやり方から変わってきている部分もあり、「新しいことは教えられないから、学校で学ぶのもアリなんじゃない?」と言われて、入学を決めました。学校は生徒の年齢層が20代から60代と幅広くて。趣味として来る方もいれば、海外で仕事をするためのツールとして学びに来た人もいて、目的がさまざまで面白かったですね。通学は2か月間だったのですが、大変というよりは楽しくてあっという間でした。
たとえば魚の捌き方を教わった日は、授業の後で習った魚を鮮魚店や築地に買いに行って、教室で練習するんです。特に骨の形がいびつで「捌くのがいちばん難しい」といわれる穴子は、授業ではみんなうまく捌けずにグチャグチャになってしまって。みんなで必死に練習しました。先にできるようになった人が他の人をフォローしながら、ワイワイやっていましたね。
── 学校を卒業した後は、恵比寿にある「鮨竹半 若槻」さんで5年間修行をされたそうですね。
鈴木さん:実家は昔ながらの店なので、違うスタイルのお店で勉強するほうが役に立つかなと思って、修行させていただくことに。学校に届く求人のなかから、先生に紹介してもらったお店です。
修行に入ったのが35歳で、教えてくれた方は10歳近く年下だったんですよ。年齢差があることで最初は気を使わせてしまったかもしれません。
── セカンドキャリアでは歳の離れた若い方に仕事を教わる場面も出てきますが、抵抗はありませんでしたか?
鈴木さん:当時は必死だったので、そこまで考える余裕はなかったですね。
お店で使う魚の量には限りがあるので、触らせてもらえる機会は限られていますし、失敗はできません。一度指導してもらったことを何度も聞くこともできないので、教えてもらったときの感覚を忘れないよう、魚を買って帰り、自宅で反復練習することを心がけていました。
── 当時はまだ女性の職人が少なかったと思いますが、修行先やお客さまからの反応はいかがでしたか?
鈴木さん:修行先は女性職人を採用するのが初めてだったので、白衣のサイズが合わなかったり、更衣室がなかったり、慣れていない部分はあったと思います。でも大将は性別で差別するような方ではなかったので、分け隔てなく接してもらえました。
修行を始めた当時は、年配のお客さまから「まだまだだな」と遠回しに言われたり、「大丈夫なの?」と不審に思われたりしたこともありました。でもそれはほんの一部のご高齢のお客さまだけで。「女性は初めてだよ」とか「なんで寿司職人になったの?」と面白がっていただくことが多かったですね。
── 5年間の修行で2番手にまでなられたそうですね。
鈴木さん:最後は、親方の隣で握らせてもらっていました。途中コロナ禍で辞めてしまう方がいたこともありますが、残ったメンバーのなかでは、年齢も重ねていて、接客に慣れていたからということもあったのかもしれません。
寿司屋のカウンター商売って、寿司を握る技術はもちろん必要ですが、寿司を出すタイミング、スピード感や間の取り方など、接客がものすごく大事なんです。そのあたりがおそらく若い職人たちよりも飲み込みが早かったこともあって、評価してもらえたのかなと思います。
── 5年間の修行を経て独立し、「鮨ゆう子」をオープンされました。 今の鈴木さんのお店の口コミをみると、お寿司だけでなく、鈴木さんとの会話や接客を楽しみに来られているお客さまも多いように感じます。
鈴木さん:私はただお話を聞いているだけなんですよ。会社勤めをされているお客さんもたくさんいらっしゃって、会社員の経験があるからこそ話がわかると感じることもありますし、営業の経験も生きているのかもしれないですね。それに目の前で喜んでもらえるのはやっぱり嬉しくて。お客様からもよく「楽しそうに仕事しているね」と言っていただいています。