父親をひとりで看取った経験

── 介護の中心を担うなかで「なぜ私ばかり」と感じることはありませんでしたか。

 

羽田さん:それが不思議となかったんです。父を看取った経験が大きかったのだと思います。危篤の連絡が来たのは夜中の2時ごろでした。兄たちを起こすのは申し訳ないと思い、ひとりで病院へ向かいました。看護師さんから「全部聞こえていますから、話しかけてあげてください」と言われ、父の手を握りながら家族の近況を伝えました。

 

私は母とべったりで、父の話をあまり聞いてあげられなかったことが心に残っていたんです。「もっと話を聞けばよかった。ごめんね」「ありがとう。幸せだったよね」と伝えると、朝の4時ごろ、父は静かに旅立ちました。

 

最期の時間は、ただ悲しいだけではなく、満ち足りたものでした。親と一緒にいられる時間には限りがある。だから母との時間も、大切にしたいと思っています。

 

── お父さんをひとりで見送った経験は、その後のごきょうだいとの関わり方にも影響しましたか。

 

羽田さん:真ん中の兄から、「俺もその場にいたかった。どうして知らせてくれなかったの」と言われたんです。よかれと思って連絡しませんでしたが、親との時間は、きょうだいにとってもかけがえのないものなのだと気づきました。

 

今は兄たちが後悔しないよう、母の様子を伝え、なるべく会いに来てもらっています。隣に住む長兄も、毎朝と帰宅時に母の顔を見に来てくれます。

父の最期で知った「親孝行の形」

──「もっと話を聞いてあげればよかった」と伝えたとき、お父さんのどんな話を聞いておきたかったと思ったのでしょう。

 

羽田さん:父が、私の知らないところでどんな人生を歩み、何を感じてきたのかですね。それまで私も、親は親としてそこにいてくれるのが当たり前で、ひとりの人間として見ようとしてこなかったんです。

 

でも、あるとき父に「これまでの人生で、いちばんつらかったことは何?」と聞いてみたことがあって。自分と同じように青春時代を生きてきたひとりの人間として、父の歴史を知りたいと思ったんです。すると、ものすごく嬉しそうに、生き生きと話してくれました。

 

自分の人生を誰かに聞いてもらい、受け止めてもらうことは、魂が癒やされるような経験なのだと思いました。子どもの側も、親が乗り越えてきたことや、知らなかった一面に触れることで、ひとりの人間として尊敬する気持ちが生まれるのだと思います。

 

── 親がどんな人生を歩んできたのかを聞き、その道のりを一緒にたどる。そんな親孝行の形もあるのですね。

 

羽田さん:親孝行というと、何かを買ったり、特別なことをしたりしなければと思いがちですが、いちばんは話を聞くことなのかもしれません。親の生きてきた道や、これからの生き方に寄り添うことができれば、介護も、たくさんのことを教えてもらえる時間になるのだと思います。

 

取材・文:西尾英子 写真:羽田美智子