障害児と暮らす家族の負担は大。外部がどれほど日中ケアしても、家に帰れば、感情を爆発させて物を壊すなど、家族には壮絶な日常が待っています。「話を聞くだけでは解決しない」と、自閉スペクトラム症の子育て経験がある女性が、幼少期から成人期まで発達障害者をサポートする施設建設に舵を切りました。総工費3億円。救いのためのシンボルが2018年に誕生した秘話です。

「施設の建設に3億円」印鑑を押す手が震えて

── 自閉スペクトラム症の息子さんの子育て経験をもとに、発達障害・自閉スペクトラム症の子どもから大人までの療育・生活・就労・相談支援などを行う、NPO法人ピュア理事長の檜尾めぐみさん。当初は母親たちがボランティアスタッフとして互いの子どもを預かる、タイムケア事業からスタートされたそうですね。運営はいかがでしたか?

 

檜尾さん:親の会からNPO法人を立ち上げ、寄付金300万円を集めて障害児タイムケア事業を始めましたが「よそのお子さんを見るのは大変」と、ボランティアスタッフのお母さん方がどんどんやめてしまって。自分の子どもを含む10名までを、大人が3人程度で見守るイメージでしたが、意思疎通が難しく、ときにパニックを起こしたり、暴れたりする重度の自閉スペクトラム症の子どもたちの保育は想像以上に負担が大きかったんです。

 

でも、もとは同じ志を持った自閉スペクトラム症の子どもを育てる親同士。決してイヤになったわけではないので、そのとき「保育スタッフはできない」とやめたお母さんたちもその後、全員が利用者として戻って来てくれて、今でも運営に協力してくれている人もいます。

 

いっぽう、障害児タイムケア事業は口コミで利用者がどんどん増え続け、ニーズはたしかにあると実感しました。そこで、息子の支援学級の先生に「先生の母校の大学の特別支援教育専攻の学生さんで、障害児の学童保育に関心のある人がいたら紹介してください」と頼み込みました。ありがたいことにボランティアサークルの学生さんが多いときで、50名も関わってくださり、事業が継続できました。

 

最初は交通費しか払えませんでしたが、行政から補助金も降りて、時給が徐々に払えるようになりました。やがて、学生さんのひとりが組織を大きくして活動を広めたいと、私たちの運営するNPO法人ピュアに就職。彼は自閉スペクトラム症の子どもたちが、ピュアで自閉スペクトラム症向けのコミュニケーションツールである絵カードを使って、楽しそうにおしゃべりしている様子を見て、もっと広めたいと思ったそうです。

 

── その学生さんの入社をきっかけに、事業の幅を広げることになったのですね。絵カードでのコミュニケーションはピュア独自の手法ですか?

 

檜尾さん:絵カードでのコミュニケーション技術は、米国で開発されたPECS(R)(絵カード交換式コミュニケーションシステム)で、自閉スペクトラム症を含めて障がいを持つ人たちのコミュニケーションを支援するためのツールです。息子は主治医に絵カードコミュニケーションを教わってから意思疎通ができるようになり、パニックや問題行動がほぼなくなりました。ただ、このやり方をとりいれる施設は徐々に増えつつありますが、十分に普及しているとは言えません。

 

そのため、絵カードをとりいれたコミュニケーションができる施設を自分たちで作りたいと考えたんです。さらに、子ども時代から成人期まで、障がいを持つお子さんを切れ目なく一貫したサービスを提供することで、利用者を安心させたい願いもあり、放課後等デイサービス、就労継続支援B型生活介護、ショートステイなど、事業形態を広げました。従来は未就学児、学齢期、成人期と行政の管轄がばらばらなので、成長とともに受け入れ先を探し直し、新たな環境にとまどって、苦労する人が多かったんです。

 

── 子どもから大人になるまでの包括的なサービスを目指すと、かなり広いスペースが必要になりますね。

 

檜尾さん:事業数の増加に伴い、各地で分散して賃貸物件を借りるより、事業所を1か所にまとめたい思いが湧いてきました。ただ、自社ビルにすべての事業を入れる想定で建築費を試算すると、総工費が3億円に…。地元の東大阪市に相談すると、発達障害児者に関する施策づくりに10年間ほど参画し続けてきたこともあり、国庫補助金を申請するアドバイスをいただき、国から1億6000万円の補助金を得ることができました。

 

残りの1億4000万円は借入金で賄いましたが、専業主婦しか経験してこなかった私には大金すぎて、借入金の書類に印鑑を押す際は手が震えました。振り返ると、資金を工面するために奔走したこの時期が精神的にいちばんしんどくて。顔の右半分が神経麻痺で動かなくなったり、眠れなくなったりしました。