「ネタもずっと荒川が書いて、私何やってるんやろって思ってました」と話す、女芸人コンビ・エルフのはるさん。芸人になる夢を叶えながらも、なかなか前に出られない性格に悩み続けてきたそう。現在、活動11年目の30歳。「ここまで続いたのは周りの人のおかげでしかない」と断言します。

前に出ることを遠慮してきた人生だった

── テレビや舞台で活躍を続けるお笑いコンビ・エルフのおふたりですが、はるさんはもともと前に出るタイプではなかったそうですね。

 

はるさん:そうなんです。子どもの頃から、みんなでワーワー騒いで「なんでやねん!」ってツッコむのは好きだったんですけど、自分から前に出て意見を言うのがすごく苦手でした。

 

エルフ・はる
高校時代は勉強が苦手だったというはるさん。その代わりスポーツは得意だったそう

そんな私が「芸人になりたい」と最初に思ったのは、小学6年生のとき。『M-1グランプリ』でNON STYLEさんの漫才を見たことがきっかけなんです。ネタが面白かったのはもちろんですが、優勝されたときに石田明さんが涙しているのを見て私、感動しちゃって。その石田さんが後日、「自分は前に出るのが苦手だから、バンバン前に出る井上(裕介さん)はすごい」っておっしゃっているのをテレビ番組で観て。あんなに明るい漫才なのに、本人には違う一面があることを知って、「前に出る性格じゃなくても漫才師になれるんだ」って思ったんです。

 

だから高校卒業後、吉本興業のNSCに入ったんですけど。相方の荒川は大喜利の授業とかがあると「やりたいです!」って、いつもバンバン手を挙げて前に出て行くんです。でも私は「自分なんて、あかんかも」みたいにおじけづいてしまって…。引っ込み思案な性格は相変わらずでした。あの頃から一歩踏み出す勇気を持っていたら、何かもっと変わっていたのかなとは今でも思います。

 

── 石田さんの言葉で控え目な性格でも漫才師になれるとは思ったものの、「もっと積極性があれば…」とも感じられたんですね。「もっと変わっていたかも」というのはどういうことでしょうか?

 

はるさん:若手芸人は、ライブなどもそうですが、自分のことなど誰も知らない状況で、自分を知ってもらうために、ステージの真ん中に自分から立ちに行ったり、インパクトの大きなことを言ったり、前に出ないといけない場面が多いんですよ。

 

エルフの場合は、荒川が前に出ることで私たちを知ってもらうきっかけづくりができましたが、私の消極的な態度のせいで、逃したチャンスも少なくなかったとは思います。

ネタも相方に全振り「申し訳ないな」という思いも

── 相方の荒川さんとは真逆の性格なんですね。

 

はるさん:はい。荒川と私はタイプが全然違っていて、私は指示待ち人間というか、受けの立場になることが多いんです。荒川もそんな私と組んだから、「こうしていこう」って言ってくれることが多くて、ここまで私を引っ張ってきてくれたように思います。

 

── はるさんは荒川さんを信頼しているんですね。

 

はるさん:私と荒川が18歳でNSCに入ったとき、周りの人はもれなく年上だったんですよ。大学を卒業した22歳、23歳くらいの人が多くて、味方といったら荒川しかいない状況がしばらく続きました。

 

だから、当時、荒川とは友達みたいな関係性でしたけど、私はすごく頼りにしていました。ネタもコンビを組んでから11年、荒川がずっと書いてくれています。でも、荒川から「もっと前に出て」「ネタを書いて」と言われたことがないんですよ。ネタも、私の得意なことを考えて書いてくれることが多くて。漫才でもコントでも、ギャル役の荒川に対して私はいろいろな役を演じることが多いんですけど、荒川は「はるがこんな役をやったらおもしろくなりそう」って、私の個性に合わせてセリフを作ってくれるんです。だから、いろんなキャラクターを演じることができていると思います。

 

そんな荒川に対して「申し訳ないな」という思いも持ち続けてきました。「私、何してるんやろな」って、ずっと悩んでいました。