「農家は継ぐな」親の教えも父の頑張る姿に…

── 21歳で結婚、2児に恵まれるなか、33歳で最愛のご主人と死別するつらい経験をされます。その後はシングルマザーとしてフラワーアレンジメント講師や飲食店スタッフとして働き、42歳で生まれ育った地で就農することに。その決意をした理由は何ですか?

 

立川さん:実家が農家だったのですが、両親からはずっと「農家は収入が不安定で大変だから継ぐな」と言われて育ち、3人きょうだいの誰も継ぐ意志はありませんでした。

 

でも、60代になった父が跡継ぎもいないのに事業継続のために何百万円もするトラクターを新調して頑張り続ける姿を見たり、近隣で後継者もなく荒れていく農地を見たりするうちに、なんだか放っておけなくなって。子育てがひと段落したこともあり、「自分が生まれ育ったこの地域に何か恩返ししたい」と考えるようになったのです。「ここで自分が農業で活躍する姿を見てもらえたら、みんなを元気づけられるんじゃないか」という思いでした。

 

ただ、親に「農業をやりたい」と相談したところ「うちを手伝ってもお給料はあげられないよ」と言われてしまい。「じゃあ、自分の力で農業をやってみよう」と思い、目をつけたのがパクチーだったのです。

 

千葉県八千代市の畑ですくすくと育つパクチー

── パクチーといえば、人によって好き嫌いが激しくわかれる食材です。なぜそれを育てようと思ったのですか?

 

立川さん:よく「パクチーが大好きだから?」と聞かれるのですが、違います(笑)。実家はにんじんやほうれんそうなど、さまざまな種類の野菜を生産しては苦労する姿を長い間見ていたので、「(ただ苦労するだけの)負け試合をしない」ですむ作物をまず探したんです。

 

ただ、何を育てるかが問題。毎日みんなが食べるようなじゃがいもやトマトだと、大規模に作って販路も確保している生産者がすでに多くいるので、初心者がそこに突っ込んでいっても100%勝てないじゃないですか。

 

その点、パクチーなら当時は生産者が少なく、飲食店にとっては仕入れたくてもなかなか入ってこないニッチな食材だったんですよね。ライバルが少なくて需要があるから単価も高く、パクチー自体は軽いから女性でも作業しやすい。42歳で農業を始めたばかりの初心者の自分でも勝負できそう、そんな農業のブルーオーシャンだったんです。