ICUで聞こえた母と彼女の会話

クボケン
腎臓移植後に父と

── 術後はICUで4日間、絶対安静だったそうですね。

 

クボケンさん:寝ている以外は何もできず、お腹を曲げると傷に響くので、寝返りも厳禁。その間も母が毎日、僕と父の看病に来てくれました。父とも手術から5日目あたり、まだ少し手術跡が痛いながらも歩いて僕のところへ来てくれて。お互い言葉こそ少なくて「おう…」くらいだった気がしますが、父の顔を見てホッとしました。

 

あと、ICUは基本的に家族以外は入れなかったんです。手術から2日目に当時付き合っていた今の妻が面会に来てくれたのですが、看護師さんに「ご家族以外は入れません」と止められたらしくて。でも母が「入ってもらっていいんです。もう家族だから」と看護師さんに言っている声が聞こえてきて。ICUでそのやりとりを聞きながら「結婚しよう」とはっきり思ったんですよね。

 

「いずれ彼女と結婚するだろうな」とは思っていましたが、母が彼女を「家族」として接してくれたこと、彼女が自分の命のやりとりの場にいてくれたことが大きかったですね。

 

── その彼女とは手術の翌年8月に結婚されましたね。

 

クボケンさん:はい。あと、実は妻のお母さんが、僕の手術と同時進行で乳がんの末期だったんです。妻はそんなお母さんのもとへ通いながら、僕の看病もしていて、本当に大変な時期だったと思います。退院後、お母さんの病状が思わしくなかったので、「ウェディングドレス姿だけでも見せよう」と、入籍より先にお母さんの病室で結婚式を挙げました。式の挨拶では「家族って、命のやりとりの場にいる人のことだと僕は思っています」と話しました。

 

── 奥さんの存在は、クボケンさんの人生にも大きな影響を与えてこられたのですね。

 

クボケンさん:妻は腹が据わっていて、芸事には口を出さないけれど、僕の生き方にはビシッと言ってくれる人です。たとえば手術の前の話に戻りますが、知り合いが「壮行会やろう」と宴席を設けてくださったんですね。僕は乾杯だけ飲んで、ちょっと酔って帰宅したら、彼女から「手術前に飲むなんてどういうつもり?」と責められて。

 

事情を説明しましたが、「『手術、頑張って』と言いながら、それっきり二度とあなたと会わない人もいるかもしれない。でも私は手術後もこの先も、一生あなたといる。だから心配するの。ノリでお酒を飲んでほしくない」と言われて反省しました。

 

手術後は、お酒を飲むような場所に行ったとしても一滴も飲みません。それでも安心して過ごせる人、自分が生きるために必要な人とだけ付き合っていけばいい、という生き方に変わりました。