脊髄損傷という過酷な運命を、滝川英治さんは「人生をやり直すきっかけ」と捉え直しました。入院中から口にタッチペンをくわえて発信し続けたブログは、1日2000万アクセスの驚異的な反響を呼びます。しかし、彼は周囲から称賛された「大ケガをしても頑張る人」で終わらないため、絵本作家やパラスポーツ支援という新たな道へ漕ぎ出しました。

事故後に発信したブログが2000万アクセスを記録

── リポビタンDのCM出演を皮切りに、俳優としてドラマやミュージカルで活躍していた滝川さん。2017年の自転車事故で脊髄を損傷し、それまで通りの活動が難しくなったとき、何を思いましたか。

 

滝川さん:当時は37歳。忙しい日々を送ってはいましたが、若手がどんどん出てくるなかで、「このまま俳優だけで一生食べていけるのか」「後輩でもある共演者に何をどう伝えていくべきなのか」と悩んでいて。そんな矢先の事故でした。

 

ただ、俳優としての自分に悩んではいましたが、いざ脊髄損傷で首から下が動かなくなってしまったら、「復帰したい、それがどんな形になるかはわからないけれど」と強く思うようになって。それに「役者あるある」なのでしょうが、自分に降りかかった事態に対して「今のこの感情、このときの景色は、きっと今後の仕事の糧になるから、ちゃんと覚えておこう、記録しておこう」とも考えたんです。

 

滝川英治

── それが入院中からの積極的な情報発信につながったわけですね。

 

滝川さん:僕のブログに書きこまれたファンの方々からのコメントを読み、励まされるうちに、自分からも伝えたい気持ちが高まったんです。そこで、口でタッチペンをくわえてスマホに入力する方法でブログを書いたり、入院中からドキュメンタリー動画を撮ってもらったりもしました。家族はそういうことに対して否定的でしたよ。僕のことを考えてのことでしょうが、「身体がよくなってからやればいいじゃん」と。

 

心配する気持ちはありがたかったのですが、「身体がよくなるって何?じゃあ歩けるようになればいいわけ?僕は歩けるようになるの?」と、反発しました。「今こうやって自分で考え、感じることができて、それを言葉に残すこともできる。今できることがあるなら、今やらなきゃ。1年、2年経ってからああだった、こうだったと振り返るより、今思っていることを発信するほうが、多くの人にとって意義のあることだと思う」と訴えました。