20代終盤にようやく掴んだお天気キャスターの道
──『CamCan』のモデルを経てレースクイーンとして活動しながらキャスターの道を模索する日々ですが、その道のりはかなり長かったそうですね。
穂川さん:はい。2015年にTOKYO MX の『開局20周年キャンペーン』でアニバーサリー気象予報士に選ばれて、ようやくお天気キャスターとして多くの方に認知していただけるようになりました。
振り返れば、モデルやレースクイーンにも挑戦するなかで「仕事は人に求められてなんぼ」だと身をもって実感し、求められることに全力で応えたいという気持ちでやってきました。そんな私の変わった経歴を面白がってくださる方がいて、TOKYO MXへの出演が、ウェザーニュースやAbemaTVのお仕事にもつながって。そう考えると、道のりは長かったものの結局、どの経験も必要だったんだなと思います。
── 念願叶ってのお天気キャスターですが、具体的にはどのような業務を担当していらっしゃるのですか?
穂川さん:番組内のお天気コーナーの原稿は、基本的には気象予報士が書いています。「お天気コーナーの尺は何分なので、このぐらいの文字数で…」と、放送時間を想定した原稿を用意します。
── 天気予報は生活者の暮らしに密接に関わるニュースなので、外れたらクレームが来るという話を聞いたこともあります。そういう意味においてプレッシャーは感じましたか?
穂川さん:そうですね。年々プレッシャーを感じるようになりました。私が『ABEMA Prime』でキャスターを担当したのは、2016年3月からだったのですが、ちょうど熊本地震が起きて、大雨被害が全国的に広がっていた時期でした。近年は、人命に関わるような大雨災害も増えてきました。自分の発したひと言が誰かに影響を与えてしまうかもしれないと思うと、本当に責任重大ですし、身が引き締まる思いです。