夢破れて一般企業へ「正直、負けた気がした」
── モデルへの限界を感じ始めた21歳ごろ、今度は気象予報士を目指されます。それはどうして?
穂川さん:人気モデルとの差を痛感し、別の道を模索しなければと思ったんです。「リポーターの仕事をやってみたい」とマネージャーさんに相談したこともありました。でも「あなたは背の高さを生かして、モデルを続けたほうがいい」と返され、モデル以外の仕事がもらえることはありませんでした。
そんなときに、テレビでキャスターの皆藤愛子さんがお天気コーナーで活躍されている姿に惹かれて。「私もあのポジションを目指したい!」と、天気キャスターの資格取得を目指しました。
──「資格の勉強を優先したい」と、モデル活動を休止して一般企業で勤務されたそうですね。
穂川さん:はい。モデルのキャリアを中断し、一般企業に勤めながら、気象予報士の資格の勉強に注力しようと決断しました。ステップアップというわけではないので、モデルからのキャリア転向を決めたときは正直、すごく負けた気持ちでした。高校生の頃からモデルとして活動し、芸能界で頑張る未来を思い描いていたのに「キャリアが中途半端になってしまった」。そんな不甲斐なさや後ろめたさが、やっぱりありました。
── ずっとモデルの仕事を頑張ってきたわけですから、そう感じるのも当然だと思います。でも、新たにチェンジした気象予報士の試験は合格率5パーセント前後と言われる難関国家試験で、いつ受かるとも限りません。休業の決断をするのは、相当の勇気が必要だったと想像します。
穂川さん:事務所の人や周りの業界関係者の方々からは「この業界では20代は方向性が決まる大事な時期なのよ。今仕事を休んだらどうなるか、わかってるの?」などと口々に言われました。
でも当時は、モデルとして完全に自信を喪失していた時期で、「資格を取れば、『天気の仕事を振ろう』って思ってもらえるかも」という一筋の希望がやっと見つかった!という気持ちになっていたんです。しかも、自分でも呆れるほどの頑固者だったので(笑)。「私は絶対に資格を取る!」と言い張り、自分の意見を貫きました。意地になっていた部分があったとは思います。
「勉強のしすぎで蕁麻疹も」2年で試験に合格
── 難関試験には、2年で合格されたそうですね。何年も挑戦する人が多いと聞きますし、23歳の若さでの合格は快挙だったのではないでしょうか。
穂川さん:一般企業で勤務しながら勉強時間をしっかり確保できたからこそ、2年で合格できたのだと思います。朝は出社前にカフェで勉強して、夜も帰宅後はすぐ机へ向かう。そんなルーティン化が叶ったのも会社勤めのおかげでした。
もともと親が教育熱心で、幼稚園児の頃からさまざまな習い事や小学校受験も経験していたので、試験勉強にもあまり抵抗がなくて。足かけ2年、プライベートの時間は勉強に全振りしていました。その生活が続けられたことは親のおかげでもあると思うので、感謝していますね。とはいえ、あまりに勉強がしんどくて蕁麻疹が出たことがありました

── 勉強のしすぎで蕁麻疹とは…。
穂川さん:そうなんです、蕁麻疹が体じゅうに出てしまって。やっぱり「勉強ばかりでつらい」という気持ちは抱えていたと思います。でも当時は、「私にはもう気象予報士しかない。資格が取れたらキャスターへの道が開けるかもしれない」。そんな希望だけが支えだったように思います。
お天気キャスターになりたい気持ちだけで突き進んで、意地で頑張っていました。念願叶って気象予報士の資格試験に合格したときは、親に「本当に合格する人がいるんだ」と驚かれましたね(笑)。私自身も、「これでやっと夢がかなうんだ!」と本当に嬉しかったです。