「正統派のお天気お姉さんになりたかったんですよ、本当は」。インターネットの報道番組『ABEMA Prime』で10年にわたりお天気キャスターを務め、コスプレ気象予報士として有名になった穂川果音さん(40)が明かした本音は意外なものでした。モデルを目指した10代の挫折、自身の体型に対する自信のなさからくるコンプレックスとの葛藤、「正直、負けた気がした」と言うまで自分の存在を肯定できなかった彼女の転機とは。
「大きな胸がむしろ邪魔に」モデルとして知った限界
── アベプラ名物「コスプレ気象予報士」としてすっかり有名になった穂川さんですが、もともと芸能の仕事に興味を持ったのは、雑誌『プチセブン』のモデルオーディションに合格したのがきっかけだったそうですね。
穂川さん:そうです。当時から身長が高いほうだったこともあり自分がモデルの世界でどれくらいやれるのか挑戦してみたくて、中学を卒業した春休みに応募しました。ありがたいことに合格をいただき、高校1年からモデルとして活動を始めることに。でも「顔立ちが大人っぽいね」と言われ、ティーン誌ではなく『プチセブン』のお姉さん雑誌だった『CanCam』のモデルを務めるようになりました。

──『CanCam』というと、赤文字系と呼ばれる女性ファッション誌の代名詞で、数々のファッションブームを起こした雑誌ですよね。
穂川さん:当時は先輩モデルに押切もえさんや山田優さんがいて、誌面を席巻していた全盛期でした。本当に人気モデルの皆さんって、骨格から違うんです。顔の大きさとか脚の長さとか、「人間が違うな」っていうレベルでした。しかも高校生で『CanCam』に出ていたモデルは私くらい。ティーン誌では通用したけれど、『CanCam』ではお仕事が徐々に減っていったんです。
── 若くして、スランプに陥ったのですね。
穂川さん:当時、流行っていた服は華奢なデザインが多くて。「細ければ細いほどいい」と思われていた時代だったので、今より10キロ以上痩せていましたし、ウエストも55センチくらいまで絞っていました。それでも、もともと大きめだった胸のせいでデザインによっては似合わなかったり、太って見えてしまって。「少しでも太ったら服が入らない」という恐怖を常に抱えていたんです。
でも、必死に頑張ったものの、たとえ服が入ったとしても結局、当時の人気モデルの先輩たちとは骨格から違ったんですよね。彼女たちのように素敵には着こなせない。ビジュアルではどうしたって勝てない。「結局、自分は見た目だけでは勝負できないんだ」って痛感していました。