産みの母親でないけど「お母さん」として

── 先に家庭を築いていた妻たちからすれば、新しい妻をすぐに受け入れるのは難しかったのではないでしょうか。そこから、どう関係を築いていったのでしょう。

 

北山さん:最初は全然、歓迎されませんでしたよ。一夫多妻といっても、やっぱり人間ですから、妻が増えることはみなイヤなんです。サンコンが当初、公表を渋っていたのも、ほかの夫人の焼きもちや抵抗が激しかったからでした。

 

一夫多妻というと、大黒柱の夫が妻たちを養うケースが一般的です。でも私は、夫にぶら下がるだけの存在になりたくありませんでした。だから、ほかの奥様の子どもたちの学費を私が負担するなど、むしろ一家を経済的にサポートする側に回りました。サンコンの個人事務所の社長業や日本ギニア友好協会の会長職も引き継ぎ、仕事のパートナーにもなりました。タレント活動もしながら、経済面でもできる限りみなをサポートする。そうした関わり方を続けるなかで、少しずつ他の夫人や家族から信用してもらえるようになりました。

 

北山みつき
中古の文房具やランドセルを集め、ギニアへ送る活動を続けている

──「経済的なサポート」には、他の夫人のお子さんたちの学費も含まれていると伺いました。日本人の感覚からすると、かなり踏み込んだ関わりにも感じます。なぜそこまで支えようと思ったのですか。

 

北山さん:サンコンには現在10人の子どもがいるのですが、彼らの学費も私ができる限り払っています。私に子どもがいないことも大きいかもしれないです。もし自分の子どもがいたら、感じ方はまた違っていたかもしれません。

 

でも、縁があれば子どもを育ててみたいと思っていました。血のつながりがなくても、家族になれば自分の子どもと同じ。それに、サンコンという人は、ものすごく大きな人間性を持った人なんです。私はそこに尊敬して惚れ込んでいるので、彼の子どもも親戚も、みんな同じように愛したいと思えるんです。

 

── ほかの奥様のお子さんたちにとって、北山さんはどういう存在なのですか。

 

北山さん:「お母さん」ですね。産みの母でないという壁は、子どもたち側にはあまりないみたいです。第2夫人の21歳の息子と一緒にご飯を食べることもありますし、ギニアに行けば、ほかの子どもたちにも食事を振る舞います。みんな「お母さん」と呼んでくれて、すごく懐いています。もちろん大変なときもありますが、愛おしいですよ。「子育てしたかった」という夢も、別の形で叶いました。