プロレスラーの大原はじめさん(41)は、32歳のとき定時制高校に通い始めました。現在は、大学生として高校地理歴史科の教員免許を取得予定。そんな大原さんが学び直しを始めたきっかけは、祖父母の壮絶な介護経験と、「中卒」という学歴に限界を感じたことからでした。
祖父母が突然、認知症になった
── 大原さんは現役プロレスラーとして活動しながら、32歳で定時制高校に入学されたと伺いました。きっかけはおじいさんとおばあさんの介護だったそうですね。
大原さん:そうなんです。祖父が自転車で転倒して骨折し、寝たきりになってしまって。その後も手術や入院などいろいろな出来事が重なり、認知症を発症したんです。祖父のことが引き金になったのか、後を追うように祖母にまで認知症の症状が出始め、ふたりとも介護が必要になりました。
プロレスの仕事がない昼間などは時間に融通がきくことが多かったので、当時は僕が中心となって、母や叔母と一緒に介護をしていました。でも、関わっていくうちに本当につらくなって…今でも思い出すと涙が出るほどです。

認知症の初期症状が現れる頃には妄想が激しくなり、「家に泥棒が入った」とか「お金を取られた」などと何度も言って、疑心暗鬼になっている祖父母の様子に、家族みんながつらい思いをしていました。介護生活は祖父が亡くなるまで3年間続いたのですが、大好きな祖父母が認知症のせいで今までできたことができなくなり、苦しんでいる姿を見るのは、耐えがたかった。それまで、認知症や介護なんて自分に関係ないと思っていたのに、ある日突然自分ごとになって。当時の衝撃は本当に大きかったです。
祖父母が苦しみながら最期を迎える姿も見て、「このままじゃいけない」と心底思いました。認知症や介護で当事者が苦しむのはうちだけじゃない、日本全体の社会問題なんだと思ったんです。
僕はといえば、中学1年生のときに「プロレスラーになろう」と心に決めて以来、自分本位で突っ走ってきました。中学生なのに授業もまともに受けずに神奈川の多摩川沿いでトレーニングをしたり、19歳でメキシコに行ってプロレスラーデビューしたり。
介護をきっかけに、「これまで夢に向かって自由に生きてこられたのは、親やまわりの人たちの支えがあったから。そのおかげで今があるんだ」と気づいて、人のためを思って自分が動くことの大切さをしみじみ感じたし、自分本位だった学生時代を後悔したんです。それから、祖父が体調を崩すきっかけとなった、高齢者の転倒リスクについて、どうにか防ぐことができないかと考えるようになりました。
僕にあるものといえば、プロレスラーとして鍛え続けた強靭な肉体と、中学卒業後に進学した服部栄養専門学校で学んだ栄養と食の知識。こうした経験や知識が転倒防止や寝たきり防止につながるんじゃないかと思いつき、地元の福祉施設で、高齢者の方に向けた筋肉トレーニング教室を始めました。それが思いのほか好評で、関節を守る体操もメニューに加えることになり、教室数が増えていったんです。
これだけ人の役に立つなら、福祉系か運動系の専門資格を取って、もっと信頼性の高い教室にしよう。そう思っていたら、どの資格も受験資格が「高卒以上」だってことに気づいて…。