泣きながら実家に帰った娘に両親が放った非情なひと言
── 挫折して戻ってきた娘に対し、ご両親はどんな反応でしたか?
村重さん:泣きながら実家に帰って「もう辞めたい」と両親に告げました。そうしたら「もう帰る場所はないと思いなさい」と、両親からまさかの言葉が返ってきて。もし夢半ばで諦めて卒業をするとしても、「村重が卒業するのが悲しい」と言ってくれるファンをひとりでも増やしてこいと、檄を飛ばされたんです。
今から思えば、13歳の娘が「私アイドルになる!」と宣言して山口の片田舎を飛び出し、福岡で暮らしながらアイドルを目指すなんて、親にとっては心配でしかなかったと思います。特に母は私が福岡に行くことに猛反対していて。でも、結局は私を信じて行かせてくれたんですよね。それもあって、両親としては「この子にはどうしても福岡で充実した日々を過ごしてほしい」という気落ちが強かったんだと思います。
そうは言っても、福岡でのアイドル活動に元々反対していた母だけは、「山口に帰りたい」と私が泣きつけばきっと味方になってくれるはず…。正直、そんな思惑もありました。ところが、頼みの綱の母にまで「自分で決めたからには頑張りなさい」と言われてしまって。まさかの展開に頭が真っ白になり、呆然としました。極めつけに「今日は泊まってもいいけど、明日の始発で帰りなさい」とはっきり言われて。何を言ってもムダって感じでしたね。翌朝になっても両親の決意が翻ることはなく、信じられないような気持ちで福岡にとぼとぼ帰りました。
── きっとご両親も苦しかったと思います。今振り返ると、そのご両親の言葉は愛情だったと感じますか?
村重さん:そう思えたのは4〜5年経ってからですね。親に追い返されて1年くらいは、あの言葉が親の愛情から出たものとは到底思えず、親を恨むような気持ちが強かったです。完全にヘソを曲げてしまい、開き直ってふてぶてしく生きていた感じでした。まだ18歳くらいで子どもだったので、気持ちを切り替える方法もわからず、「親に拒否された」とずっと引きずっていたんです。