「走ること以外、何もできない人間にはなりたくない」。元ジュニア日本記録保持者で現在はコスプレイヤーとして活躍する絹川愛さんは、そんな思いから独学でメイク、衣装制作に撮影と、多岐にわたるスキルを磨き上げました。かつての「個」の戦いとは180度違う世界。ひとつの才能が折れても倒れないための「生存戦略」と、仲間を支えるスキルを振るうことで得られる、「分かち合う喜び」について語ります。
引退後は趣味のコスプレを極めようと
── タイムが勝敗を左右する陸上の世界で、10年間トップランナーとして戦ってきた絹川愛さん。引退後の現在は、人気コスプレイヤー・蓮弥(れんや)として活動し、Xのフォロワーは約3万7000人を超えています。病やアクシデントに翻弄された陸上時代から一転、まったく違うフィールドで居場所を築いてきました。これほど劇的に活動を変えると、陸上選手を引退する前から、周到に準備をしていたようにも見えますが…。
絹川さん:キャリア変更の戦略なんてなくて、引退するときは本当に何も決まっていない状態でした。もともと現役時代からオフのシーズンにこっそりコスプレは趣味で楽しんでいましたが、引退する2年前、アキレス腱の手術を受けてリハビリを続けていた時期、思うように足が戻らず、先行きの不安に絶望していました。そんななかで、「違う自分になりたいという」思いから、コスプレに没頭したのが始まりでした。
陸上を引退後は、生活のために謎解き施設の店長をしながら趣味でコスプレ活動を続けてきましたが、その10年間、衣装制作やメイク、一眼レフやストロボを使った撮影の知識をすべて独学で身につけてきました。

── コスプレイヤーとしての表現に留まらず、いろんなスキルを身につけてきた。「自分で何でもやる」スタイルを貫いてきたのはなぜでしょう。
絹川さん:もともと「やるならとことん」という負けず嫌い気質もありますが、それ以上に、コスプレイヤーとしての仕事のオファーがいつ来てもいいようにという思いがありました。評価されたのがビジュアルであれ、衣装や写真の技術であれ、どんな依頼に対しても「それ、私できます!」と、即答できる状態にしておきたかったんです。
陸上をやっていたときは、本当に走ることしかしてこなかった。でも、うまくいかなくなった瞬間にどうしていいかわからなくなって、すごく落ち込んだし、悩みもしました。そのときに、「(長距離が速いといった)たったひとつのとがった能力だけに頼るのはあまりにも脆い」と痛感したんです。
だから、コスプレを極めようと思ったとき、コスプレイヤーとして表現するだけでなく、衣装もメイクもカメラも、どのジャンルでも高いレベルを求めました。つまり、まんべんなく「4」以上のレベルで対応できる「六角形のオールラウンダー」になろうと決めたのです。