「エプロン=家事は母がやるもの」という固定観念への嫌悪
今でこそ「とっておきのお取り寄せスイーツ」「好きなブランドのコスメ」「ディナー」「エステ」など母の日のプレゼントも多様化していますが、昭和を振り返ってみると、母の日のプレゼントといえば「赤いカーネーション」と「エプロン」が二大定番でした。
近年は、「エプロンを贈るのは『家事担当はお母さん』という固定観念があるからでは」との指摘も。感謝のしるしと言いつつも「もっと家事をやれ」と言われているようで「気持ちは嬉しいけど、微妙…」と感じる人も少なくありません。
1970年代には専業主婦世帯が3分の2を占めていた(※1)ことからも、長いあいだ社会全体が「家事はお母さんの仕事」を当然としていたことは明白です。心のどこかでその決めつけに違和感を覚えながらも飲み込んでいた人もいることでしょう。
もし、夫や同居の義父母等の家族から日々の感謝もねぎらいもなく、体調もすぐれず、子育ての悩みも抱えている状況だったとしたら。「毎日毎日家事ばかりしているのに…この子まで、これ以上家事をしろって言ってくるの?」と、感情が爆発した可能性はあります。
このようなとき、いちばん弱い立場の子どもがその対象になってしまうのは非常に悲しいことです。
「他人への共感性が低い」特性があった可能性も
エプロンだけでなく、アクセサリーや小物類を一生懸命選んだのに「これ、お母さんの趣味じゃないから」「なんでこんな色選んだの?」と言われ、一度も使ってもらえなかった…という投稿も多く見られました。
この場合は意地悪というよりも「そう言われたら子どもは悲しむのではないか」と思い至らなかった可能性があります。
「そんなこと、わからないはずない」と思うかもしれませんが、発達上の特性で「自分がこう思っているから、相手も同じに違いない」と考えてしまう人は一定数存在します。
職場や冠婚葬祭などの場では、経験上「こういうときはこう言うべき」というパターンに沿って発言するので大きな問題にならないのですが、こと育児というのは予測不能なパターンの連続。自宅というプライベートな空間も相まって、つい、子どもの心が傷つくことに気づかず、本音のまま行動してしまったのかもしれません。
そこまでではなくても、他人には言わないような「ママ、このケーキ嫌い、いらない」「なにこれ?変な柄ねえ」「花より100点のテストがいいわ」といった発言は、相手が子どもであるがゆえに「こんなことを言うと相手が傷つくかも?」という配慮や共感をサボっていて、ある意味、子どもに甘えてしまっている状態ともいえます。
親自身も同じような扱いを受けてきたのかも
プレゼントしたものにケチをつけられた以外にも、プレゼントを贈る(お金を使う)こと自体を叱られ、返品してこいと言われた人も。それでいて、ショックを受けてプレゼントをやめると「母の日なのに何もしてくれない」と不満を漏らすという声もありました。
こういった何ごとも否定する態度を取ってしまう人には、自分自身も親からそのような接し方をされてきて、「わあ!嬉しい!」と素直に喜びを表現したことがない・できないという人もいます。本心は「ありがとうね、でもママのためにお小遣いを使わなくてもいいんだよ。お手紙や絵でもすごく嬉しいから」なのに、口では「こんなものいらない、何も買うな」と言ってしまうんです。
さらには「目の前でプレゼントをゴミ箱に捨てられた」「怒ってカーネーションを引きちぎられた」など、ちょっと常軌を逸しているように思われる行動には、全員がそうとは言えませんが、「母も実は毒親に育てられ、子どもに対する接し方がわかっていなかったのかも」という声もちらほらと見られました。