「苦しみ続けても現実は変わらない」と

── 術後はどのように過ごしたのですか?

 

くどうさん:後遺症が重く、ムリがききませんでした。ただ、NHKの番組にトレンドウォッチャーとして出演していて、その出演者やスタッフの「待ってるよ」の声が支えに。早い段階で復帰しました。仕事仲間には、病気の詳細までは伝えていませんでしたが、皆さんそれとなく配慮してくださって。周囲の言葉で傷つくことはいっさいありませんでした。

 

でも、私をじつの娘のようにかわいがってくれた、以前の職場の女性上司が心配しすぎて、私の知らないところで周囲に治療法や名医を聞いて回っていたようで。私が事情を話すつもりのなかった人たちまでが私の病状を知っていたのは、まぁまぁびっくりしました(笑)。

 

でも、血のつながりがなくても、ここまで気にかけてくれる人がいたのはとてもありがたいことでした。彼女が親身になって接してくれた経験は、血のつながりがなくても助け合える関係をつくることができるのだと実感するきっかけになりました。あの経験は、現在も続けている「子どものいない女性同士の活動」にもつながっています。

 

著書でも触れられている、子どもがいない女性への周囲の反応の例(森下えみこ・くどうみやこ共著『まんが 子どものいない私たちの生き方』/小学館より)

── 以前の職場の上司もよかれと考え、必死だったのでしょうね。どのように気持ちを整理して、心身ともにもとの生活に戻ることができたのでしょうか?

 

くどうさん:悲しみがどの程度、尾を引くかは、性格や年齢、不妊治療の長さや思い入れにもよると思います。私は、もともと切り替えの早い性格なんです。「苦しみ続けても子どもがいない人生を送る現実は変えられない」。それなら、子どものいない人生を、ある意味で楽しむほうにシフトしようと思いました。

 

また、トレンドウォッチャーという仕事柄、今後は子どものいない生き方も「ライフスタイルのひとつになる」と、冷静に分析できたことも当時、気持ちを切り替えられた理由のひとつです。