2度の甲状腺がん。歌手なのに「声が出なくなる」不安抱え

── その後、今度は甲状腺がんを発症されます。どんな状況から判明したのですか。
上野さん:今から約10年前です。歌の仕事をしている延長線上で、好きだったミュージカルのオーディションを初めて受けて、合格したときのことでした。
もともと甲状腺が慢性的炎症を起こす橋本病という持病があったのですが、ある日、喉を触るとしこりができているのに気づきました。診てもらったら悪性腫瘍の可能性が高いと言われ、検査したら「甲状腺がん」だと診断されました。
大きさも3センチくらいあったので切除することにしました。違う病院で診てもらったら「甲状腺がんは進行が遅いので、急いで取らなくてもいい」と言われたのですが、悪いものはすぐにでも取りたくて。
実は、手術してみたら中にもっと強いがん細胞が見つかったんです。「手術をしなければ転移していたかもしれない」と。執刀医にも恵まれ、傷跡も目立つことなく、早く手術する決断をしてよかったです。病気にはなりましたが、守られている感じがしました。
── しかし7年後に再発。2度目の手術は、どんなお気持ちでしたか。
上野さん:最初にがんが発覚したときは、はショックというよりも、決まった仕事を断念しなければならない口惜しい気持ちがすごくありました。だからこそ、歌えなくなるかもしれないという不安より「絶対よくなりたい」という気持ちが強かったんです。
ところが3年前、残りの甲状腺にまたがん細胞が見つかり、腫瘍ができたのは声帯のすぐ横でした。先生から「声が出なくなる」「徐々によくなってくるとは思うが、声が変わる可能性もある」と言われ、歌のお仕事が軌道に乗ってきた矢先だったこともあり、かなりのショックを受けました。でも「絶対大丈夫」と自分を信じて全摘出の手術をしました。
── 実際に声が出なくなり、リハビリで心が折れそうになりませんでしたか。
上野さん:たしかに、術後は声が出せず、息だけでしゃべる感じでした。呼吸するのも苦しかったです。ちゃんと歌えるまで1年くらいかかりました。先生からは「声が枯れるからあまり練習しすぎないように」と言われましたが、休養中に大使館で歌うお仕事をいただき、復帰に向けて自分なりにボイストレーニングをしました。その間、ちょうどコロナ禍だったので芸能活動は自粛されていましたが、「みんなも大変なんだ」と平常心を保てたことは、精神的には大きかったです。
あと、絶対よくなると信じていたというよりも、確信がありました。だからボイトレはしつつも、復帰までの1年間は休息もしっかりとって、手術で変わった声で歌うことを楽しむ余裕もできました。
── それは長く病気と付き合ってきたからこそ行き着いた境地だったりしますか。
上野さん:おそらく、そうですね。自分を信じる力、絶対こうなってみせるという想いは人一倍あると思います。小さいときから歌手になりたい夢があったから、「病気になっても絶対よくなってみせるぞ」と思えた。次から次へといろんな症状は出てきますが、先生にも恵まれたし、手術もリハビリもうまくいったことから、深刻な状況でも重く考えずポジティブに考える癖もつきました。
実際、久しぶりに公の場で歌ったときは鳥肌が立ちました。3月に初のワンマンライブを行いましたが、確実に自分の歌が変わったと思いますし、何より歌える幸せをかみしめました。