昨秋、自身のインスタグラムで免疫疾患の難病「膠原病(こうげんびょう)」と闘い、さらに「甲状腺がん」の手術を2度受けていると公表した歌手でモデルの上野ようこさん。筋肉と皮膚の炎症に悩まされ、1年間ほど声が出なくなったこともあったそう。病気と向き合ったこれまでと、公表した背景について伺いました。
顔が突然真っ赤になるも…病院では「ニキビ」

── 膠原病を最初に発症したときはどんな様子でしたか。
上野さん:大学1年生のとき、ゴスペルを歌う部活の夏合宿中でした。顔が急に真っ赤になったんですが、赤みの広がり方が尋常じゃなくて。合宿から戻ってすぐ地元の皮膚科に行ったら「ニキビ」だと診断されました。でも「絶対ニキビじゃない!」と思えるような湿疹だったし、かゆみもひどかったので、後日、別の病院に行きました。
── そこで、病名はすぐにわかったんですか。
上野さん:いえ。1か月くらいかかりました。最終的には大学病院に紹介状を書いてもらい、いろんな検査をした結果、皮膚筋炎という自己の免疫が皮膚や筋肉を攻撃する原因不明の自己免疫疾患(膠原病)の疑いがあると診断されました。症状を調べてみると、「筋肉に力が入りにくい」「少し歩いただけで筋肉痛に」「痛んだり」など、思い当たるところが多くて。ネットには不安を掻き立てる言葉も多く、苦しかったです。
── 当時はまだ大学生。これからの将来に不安を覚えたと思いますが、病気をどう受け入れましたか。
上野さん:発症したてのときが症状は一番ひどく、顔以外にも指の関節にかさぶたができたり、爪の生え際に血がにじんだり、呼吸がしづらくなったり…そのうち帯状疱疹みたいに服が触れただけですごく痛むように。症状が次々に表れるのが怖かったです。その状況にひたすら耐えながら、大学の授業を受けていました。
しかも完治できる特効薬はなくて。ひどかった皮膚の症状にはステロイド外用薬を処方されましたが、筋肉の症状に対しては、「まだ若いから薬を飲まずに様子を見ましょう」と、経過観察になりました。正直、この状況を受け入れるのは大変でした。
── そうですよね。かなり深刻な症状が出ていますが、日常生活は変わりましたか。
上野さん:大きくは変わらなかった…というか変えないようにしていました。激しい運動は控えるように言われていましたが、部活が楽しすぎて病気のことを忘れ、歌ったり踊ったり。でも、病気のことを重く考えないようにしていたことが、結果的に、メンタルにも、病状にもよかったと思います。
ただ、卒業後に歌やモデルの仕事を始めることになって、人前に出られる状態まで落ち着きましたが、依然として顔のひどい赤みは残ったまま。「みんなどう思うのだろう」という不安が常にありました。当時はなんとか赤みを消そうと、どんなファンデーションや化粧水があうのかを懸命に探していました。