「もう一口」が命取りになる自覚なき恐怖

「糖尿病と診断されてから、しっかり体調管理をすればよかった…」と義太夫さんは当時を振り返ります。糖尿病ゆえに徹底した自己管理と定期的な通院が必要だったにもかかわらず、売れっ子芸人だった義太夫さんは仕事に追われ、病院から少しずつ足が遠のいてしまったのです。

 

「糖尿病の怖いところは、自覚症状がいっさいないこと。痛みも苦しさもないから、危険な病気だと意識しにくいんです。通院の優先順位が下がり、間隔が空くと、次に行ったときに医師から叱られてしまう。患者の体を思ったら当然なのですが、それが嫌でますます足が遠のいて。まるで子どもみたいですよね。典型的なダメ患者でした」

 

食生活も、診断直後は薄味で低カロリーの食事を意識的にとっていたのですが、次第に義太夫さんの気がゆるむように。

 

「最初は気をつけていても、誘惑にだんだん負けてしまう。『多少は濃い味つけでもいいだろう』、『もう一口多くても大丈夫』と、勝手に判断していった結果、気づけば病院から言われた食事とは程遠くなってしまいました。

 

でも、当時の芸能界は糖尿病になりやすい環境だったんです。夜中の2時3時に仕事が終わってから、みんなで焼き肉を食べに行くのが当たり前。不摂生な生活を何十年も送っていました。体を張る仕事ばかりなのも災いしましたね。ガムシロップやはちみつをジョッキで飲む仕事も何度かあって。『僕が糖尿病になったのは、労災認定されるはず』なんて冗談を言ったら、事務所からふざけるなと言われました(笑)」

 

たけし軍団
所属するたけし軍団は結成43年を迎えた

そう言い訳をしつつ、心筋梗塞を合併するまで糖尿病が悪化した一番の原因は、自らの自覚のなさと不摂生だったと、義太夫さんは口にします。義太夫さんの父も糖尿病を患っており、遺伝も要因ではあったようですが、医師からは「患者さん本人の努力不足でもある」と、はっきり言われていたからです。

 

「でも、病院に行くのが面倒で、一時はサプリメントに頼ったこともありました。血糖値は下がるけれど、残念なことに根本的な問題解決にはなりません。僕がのんきに過ごしている間も、病はジワジワと体をむしばんでいました。まさに『サイレントキラー』です」