子どもが生まれ「自分は脇役」の自覚も気遣いが空回り
── 自分の生き方を変えたいと思われたきっかけはありますか?
UKさん:妻と結婚し、子どもが生まれたことが一番大きいです。長女と長男が生まれて「これからは、この子のために生きるんだ」と決意したとき、自分はもう、完全に脇役なんだと少しずつ思えるようになったんです。僕が30代のころのことです。
ところが、考え方のクセは全然、直っていなかった。今度は妻からの評価を求めるようになってしまいました。5年前に義理の両親との同居が始まったころからは、「僕も何かやらないと!」と張りきってサポートしようとするんですが、それがますます妻を苦しめることに…。
── やりすぎるというのは、たとえばどんなことを?
UKさん:妻は望んでいないのに、よかれと思って率先して動いたり。義両親から頼まれていないことをすすんでやったり。もちろん、そのときは妻も感謝してくれるんですよ。だからこそ、「そんなに喜んでくれるなら」と調子にのってやりすぎてしまう。そうすると、「あれもこれも」と気遣いが空回りして、妻に「両親に対してこうしたほうがいい」と指示したり、余計なことをやったりして、彼女の負担を増やしてしまう。そんなつもりはなかったものの妻に150%の完成度を強いることになり、オーバーワークで妻を苦しめる結果になってしまった。
「気遣い」って結局、人の顔色をうかがって、相手に嫌われないようにする場合が多い気がするんです。それに対して「気配り」は、自分に軸があるから、まわりの人に「こうしてあげよう」と配慮できること。僕の場合、気配りは全然できていなくて、究極に気を遣いすぎていただけでした。そういう失敗や試行錯誤を繰り返しながら、最近ようやく塩梅がつかめてきた気がします。どんな親切もやりすぎると重荷になる。「頼まれたら動く」くらいがちょうどいいんだと学習しました。

変わり始めたのは、コロナ禍がきっかけでした。今までとは違う働き方をせざるを得なくなり、結果的にいろいろな人と話したり、自分のための時間を確保したりして、完全に自分軸で生きるための方法を模索しはじめたんです。そのうちワークライフバランスに意識が向くようになり、掲げた目標は、「自分の意思で仕事のスケジュールを管理する」でした。この目標を達成するためにはどうすればいいか、自分はどうありたいかを考えた結果、みずから会社や番組を立ち上げることに。その動きが、自分の意思で自由に動ける時間を作り出すことにつながったんです。