わが子に自分から「親卒」を宣言した理由

── 人と距離をおく必要に迫られたコロナ禍の時期が、UKさんにいい作用をもたらした面もあったんですね。「気遣いをしすぎる人から卒業する」一環として、2023年にはUKさんご自身がお子さんたちに「親卒」を宣言されたと聞きました。

 

UKさん:はい。子どものころは母親軸、母親が他界してからは他人軸で生きてきた僕は、何が正しくて何が間違っているか、自分できちんと判断できない大人になってしまっていました。その結果、家族をふりまわしてしまっていたんです。

 

気づいたきっかけは、子どもたちから「お父さんの言うことを聞いてると、何が正解かわからなくなる」と指摘されたことでした。言われた瞬間、ハッとしました。僕の判断基準は常に他人軸だから、何が正解か自分ではわからない。そのせいで考えすぎてしまい、家族への発言が二転三転することがあったんです。そう指摘されたとき、今の自分が子どもたちから「親卒」しなければ、親子関係がダメになるかもしれないと、初めて危機感を抱きました。

 

UK
親に言われるままイギリスに留学した中学時代のアルバムより

── お子さんたちから「親卒」するまで、お子さんたちにはどんな形で関わっていたのですか。

 

UKさん:とにかく、過保護すぎました(苦笑)。子どもが「寒い」と言えば「上に何か羽織りなさい」とジャンパーを着せ、「遊びに行きたい」と言えば「じゃあ行こう」とすぐに出かけるような。一流のパパになりたいという願望が強く、「パパがいれば何があっても大丈夫」と言われたかった。でもそれは、子どもたちを守っているようで、実は僕が子どもたちに自分の思いを押しつけるためにしてきたことだったんです。それでは、いざというときに子どもは自分自身で判断できなくなるし、僕と同じ、自分軸を持たない大人に育ってしまう。

 

僕にとっては、「適切な距離感を持つ、ときに無関心でいる」ことが必要でした。子どもたちを信頼すること。それが、僕の子どもたちからの「親卒」でした。

 

とはいえ、口で言うのは簡単でも実行に移すのは難しかったです。実際に親卒できたのは、つい最近のことですし。ただ、過保護を少しずつ手放していったことで、今では子どもたちは自分で判断できる子に育っていると思います。

 

僕自身、少しずつ「子どもたちなら大丈夫」と信じることから始めて、いまでは、子どもたちは子どもたち、僕は僕、妻は妻と、自分と切り離すことができたように思います。「子どものために生きるんじゃなく、自分自身のために生きる」。そのほうが結局、子どもも幸せなんだとようやく気づきました。母が他界するまでの25年間で形成された自分の価値観から解き放たれるには、同じ25年の歳月が必要だったんだと感じています。

 

取材・文:たかなしまき 写真:UK(楠 雄二朗)