3歳の迷子事件が教えてくれた「伝わっているか」の重み
── 26年間の歩みの中で、特に高田さん自身の価値観が変わった出来事はありますか?
高田さん:美貴が3歳のとき、混雑した駅の改札前通路で一瞬目を離した隙に、いなくなってしまったことがあります。生きた心地がしませんでした。館内放送でようやく見つかったとき、美貴は別の人を私だと思ってついて行ってしまったようです。
「ママから離れないでね」と言ったはずなのに。でも、それは「伝えたつもり」であって、美貴の理解のペースには届いていなかったんですよね。ダウン症の子は、発達がゆっくりです。一つひとつの動作や理解にも時間がかかります。だからこそ、美貴の行動や理解のペースに、寄り添うことが大切なのだと痛感しました。この出来事は、その後の大きな教訓になりました。
── 美貴さんの行動と理解のペースを尊重するために、普段から意識していることはありますか?
高田さん:「待つ、信じる、比べない」。そして、理解しやすい表現を心がけることです。ただ、頭ではわかっていても、実際には簡単なことではありません。正解がわからず、「これでいいのかな」と迷うこともありました。
それでも一緒に過ごすなかで、「この子なりにちゃんと成長している」と感じる瞬間もあって。そういう積み重ねがあったからこそ、この子のペースでいいと思えるようになっていったのだと思います。迷いや困難のなかだからこそ、育つものがある。それを26年かけて娘に教えてもらった気がしています。そしてこれまでの日々を支えてくれた周囲の方々への感謝の気持ちも今改めて強く感じています。
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「待つことが大切」だと頭ではわかっていても、子どもの成長に向き合うなかで、どう関わるのがよいのかと迷ってしまう。高田さんが繰り返した試行錯誤は、特別なことではなく、誰しもが抱える「愛ゆえの空回り」なのかもしれません。
効率やスピードばかりが求められる毎日。けれど、時計の針を一度止めて、目の前の人の「好き」や「心地よさ」に歩幅を合わせてみる。そこには、急いでいたら決して見つからなかった、宝石のような才能が眠っていることがあります。あなたの歩みも、誰かの成長も、きっとそのままで大丈夫なのかもしれません。
取材・文:佐藤有香 写真:高田敦子 注:高田さんの高ははしごだかが正式表記