「生まれたばかりの娘が『ダウン症』と告げられ、目の前が真っ暗になった」と話す高田敦子さん。不安と戸惑いから始まった子育てでしたが、やがて前を向けるように気持ちが変化していきました。暗闇の中に差し込んだ光とは、一体何だったのでしょうか。26年にわたる、母と娘の歩みを伺いました。

「健康に産んであげられなかった」と自分を責めて…

高田美貴
生後9日目の美貴さん

── 先天性の遺伝子疾患であるダウン症は、通常よりも、筋肉の力が弱く、知的や身体的にも、ゆっくりとした発達が特徴です。高田さんの長女・美貴さんがダウン症と診断されたのは、生後まもなくだったそうですね。当時を振り返って、今どのようなことを感じていますか?

 

高田さん:先生の言葉を聞いた瞬間、目の前が真っ暗になっていくような感覚でした。頭の中にまるで霧がかかったようで、話しかけられても何も入ってこない。「どうして健康に産んであげられなかったのだろう」と、その問いだけが心の中で繰り返され、自分を責めていました。

 

26年前は、ネットも普及していない時代。情報を得る手段は限られ、「ダウン症って何?」と調べることすらひと苦労でした。専門書を読んで「この子は無事に生きていけるのか」「母として育てられるのか」、時間が経つにつれて、さまざまな不安が頭の中を駆け巡りました。

 

診断名を告げられるまで、当たり前のように健康で生まれてくると思っていたので、現実を受け止めるまでに、かなり時間がかかったように感じています。