「女子アナのキャリア」を捨て、26歳で選んだ「プロ野球選手の妻」という道

前田早穂
大学卒業後は東海テレビアナウンサーとしても活躍した早穂さん

── そんな「どん底」を味わいながらも、なぜ早穂さんは踏みとどまれたのでしょうか。その原点を知るために、少し時計の針を戻させてください。2012年、26歳で前田さんと結婚。当時はフリーアナウンサーとして、キャリアを築いていました。

 

早穂さん:幼い頃から夢だったアナウンサーの仕事に就くことができ、忙しいながらも充実した日々を送っていました。仕事を続けていきたい気持ちもありましたが、夫が暮らす広島で生活を共にすることを選び、彼を支える道に進みました。

 

今は、自分のキャリアを続けながら選手を支える奥様もたくさんいらっしゃると思いますが、当時は野球選手の妻として家庭をサポートする考え方が比較的、多かったように感じます。そうした環境で、私自身も「できることを精一杯やろう」と決めました。

 

振り返ると、少し力が入りすぎていたかもしれませんが、そのぶん、夫のサポートに真剣に取り組むことができました。毎日の食事や体調管理を続けるなかで、夫の身体やコンディションが少しずつ変化していく様子を見ることが、私にとって大きな励みになっていました。

 

── 改めて旦那さんに惹かれたところはどんなところでしたか?

 

早穂さん:人の悪口を言わないところや、穏やかでユーモアがある人柄に自然に惹かれていきました。背伸びせずに自分らしくいられて、ありのままの私を受け入れてくれる空気感も心地よく、素直で温かい人間性がとても魅力的だったんです。スポーツが得意ではない私にとって、一つのことを極め、軽やかにこなしていく彼の姿はとても輝いて見えて、純粋に尊敬の気持ちを抱きました。

 

── そんなふうに尊敬し、信頼して共に歩むと決めた道。けれど、いざアメリカへ渡ってみると、その「覚悟」を試されるような過酷な現実が待っていたわけですね。

 

早穂さん:そうですね。夫の夢を応援したいと家族で渡米しましたが、想像していなかった出来事が次々に起こりました。夫も新しいスタートを切って必死に頑張っていたので、私が弱音を吐くわけにもいかない。不安や孤独を感じる時間も増えていきました。渡米1年目は「日本に帰りたい」とホームシックのような気持ちになっていたと思います。