「終わった人」扱いの東京と、救われた「地方の温かさ」
── ブレイクが落ち着いた後の数年間は、活動の軸足を地方に移された時期があったそうですね。
ムーディ勝山さん:東京では「仕事がない」という自虐ばかりを求められ、どこか「終わった人」として扱われる空気がしんどかったです。でも、地方に伺うと「あのムーディ勝山が来てくれた!」と、大歓迎されました。僕が歌うと、皆さんが本当に喜んでくださるんです。その温かさが身に染みて、滋賀、岡山、宮城…と、多いときは週5~6本の地方レギュラーを抱えるまでになりました。
── 週5~6本のレギュラー番組とは!仕事は安定していたのですね。
ムーディ勝山さん:とはいえ、ブームが落ちついてからの数年間は精神的にきつかったです。イベントを開催しても、目に見えてお客さんが減っていくのがわかるし、周囲からも一発屋扱いされるのがしんどくて…。自信がなくなるから、ネタの「タメ」が作れないんです。絶頂期は「右から来たものを~」と、「左へ受け流す~」の間にたっぷりタメを置けたのに、人気のなさを実感すると沈黙が怖くて、早口でネタを終わらせてしまうわけです。
なんとか現状を打破したいとあがくなかで、イメージチェンジを図ったこともあります。僕のトレードマークであるひげを剃り、白いスーツも脱ぎ捨てたんです。