「離婚して良かったんじゃないかな」。そう語るのは、ぼる塾のあんりさん。2024年には「大家族」の記憶を語った彼女が、実は3歳で両親が離婚していたという家族の裏側を公表し話題になりました。自由奔放な母、そして元暴走族の父。思春期の身体の変化に戸惑う娘に、不器用な父が買ってきた「赤飯」の記憶…。20年を経て今だから話せる、型にはまらない家族の愛し方を伺いました。

母がいないときに迎えた、初めての身体の変化 

あんり
小学生の頃に家族で公園に出かけた時

── 2024年のインタビューでは、あんりさんが子どもの頃は祖父母に両親、5人の兄弟という計9人の大家族で暮らしていたと伺いました。しかし翌年、実は3、4歳の頃に両親が離婚していたと公表されて驚きました。

 

あんりさん:隠すことでもなかったんですけど、限られた時間で説明するには難しいかなと思って、これまでもとくに言ってなかったんですよね。でも去年、そろそろ言ってもいいかなと思って、鬼越トマホークさんのYouTubeでサラッと言ったら思いのほか反響があった感じで。

 

── そうだったんですね。あんりさんが両親の離婚を理解したのはいつ頃ですか。

 

あんりさん:私が3歳の時に離婚していたようですが、ちゃんと理解したのは小学1年生くらいだったと思います。でも、離婚後も週末には家族揃って出かけていました。帰りは母だけ別の家に戻ったと思うんですけど、私もその頃には疲れて車内で寝ていたので、母と別れたシーンが記憶になくて。小学校の友達と話をしていて、「友達のお母さんは毎日家にいるけど、うちは違うんだな」と気づいて、そこから知っていったような気がします。

 

── ご両親に離婚理由を聞いたことはありますか。

 

あんりさん:大人になった今も聞けてなくて、いまだに理由はわからないんです。でも週末ごとに会うくらいだから、そこまで仲が悪かったわけではないと思います。

 

── でも、平日は基本的にお母さんがいない生活ですよね。初めて生理が始まった時など、どうされたのですか。

 

あんりさん:初めて生理になったときは、家でソワソワしていたら祖母が気づいてくれて、祖母から母にすぐ連絡がいって、そのまま母と一緒に生理用品を買いに行きました。母はそのまま自分の家に帰りましたが、同時に母から父に連絡がいって、父が仕事帰りに赤飯を買ってきたんです。その夜は家族みんなで赤飯を食べました。父は元暴走族でしたが、口数が多いわけでもなく、母親が家にいないことで、父としてどう娘の成長に反応していいのかわからず、精一杯考えて選んだのが赤飯だったと思うんです。そんな父の不器用さが言葉以上の「おめでとう」に感じて、父の思いは十分伝わりました。

 

初めてブラを買うときも、母から「そろそろ大人の下着を買った方がいいから、今度ショッピングモールに行った時に買いに行こう」と言ってくれて。下着を買うために母に会うのではなくて、いつもの週末の買い物のついでに、みたいな感じで自然に揃えていきましたね。