多感な時期に生みの親と手紙のやりとりで

── 兄として配慮した様子が伝わってきます。その後、成長してから出自について考える機会はありましたか?

 

志村さん:中3から高1くらいにかけて、私をとりもってくれた特別養子縁組のあっせん団体から、「生みの親に手紙を書いてはどう?」と打診を受けました。私はどちらでもよかったのですが、同時期に特別養子縁組をした他の家庭の子どもたちが手紙を書くというので、書きました。それまで、一度くらい会ってひと言文句を言ってやりたい気持ちはありましたが、それを前面に出して手紙を書いたわけではありません。

 

思い返せば、他愛もないことを書いたような気がします。野球を習っていないのに、「ホームラン王になりたい」「プロ野球チームの巨人が好き」と書いたり、育ての両親への感謝を綴ったりした記憶があります。

 

その後、生みの母からの返事が来て、(離れ離れになった後に生まれた)弟がいることがわかり、「私は幸せに暮らしています」と書いてあったので、ものすごく憤りを感じました。私を育てられなかったのに、弟がいるってどういうことだ?ちょうど思春期にもさしかかっていて、この場では言えないくらいの言葉が口から出てきて。怒りが収まりませんでした。

 

志村歩
週末に全国で講演活動を続ける志村さん

── それはショックですね。

 

志村さん:私個人の意見ですが、(養子として育てられた場合)多感な時期に生みの親に向けて手紙を書かせるのはやめたほうがいいのでは、と思います。養子当事者にとっても精神的な負担があり、生みの親からポジティブな内容の返事が返ってくるとは限らないため、心が乱されるリスクがあります。私が知る限りでも、良し悪しは別として、精神的に落ち込んで自傷行為に及んだり、社会とのつながりを絶ってしまったりする人がいます。

 

生みの親にアクセスすることには、さまざまな可能性があるということを真に理解して行動しないと、大変なことになるんじゃないかという思いがあります。

 

ただ、生みの親についてどう感じるかは、本当に人によって異なります。たとえば、生みの親との再会について、「会いたい」「会ってもいい」「会わなくてもいい」「会いたくない」、これらはすべて違う感覚ですし、正解はありません。ようやく気持ちの整理がついて会おうとしたら、生みの親がすでに亡くなっていたという人もいます。私は一度も会ったことはありませんが、年1回、定期的に生みの親に会う人もいますよ。

 

このほか、親側の事情により生みの母親とは会えなかった人が、生みの父親には会えたというケースもあります。出産自体が生みの母親の心の傷になると、子どもと会うのが苦痛になる生みの母親もいるそうです。いっぽう、生みの父親は、出産を経験した母親とは立場が違うので距離感を持って、子どもと会うことができたそうです。

 

また、女性の養子の当事者の場合、成長してから生みの親の出産がどんなふうだったか、乳がんなどの遺伝リスクを知りたいという方もいます。生みの親との関係はそれぞれ違いますし、どんな人生を歩むかは自由ですが、「親に捨てられた」とネガティブにとらえて、自己肯定感を下げ、可能性を閉ざすのはもったいないと感じます。