「俺はひとりで生きていると思っていた」。 そう語るティモンディの前田裕太さん。効率や競争、SNSで可視化される「上には上がいる」という構造にさらされ、知らぬ間に独りで戦い、心身を削っていました。 そんな彼が休養中、北欧・フィンランドの旅や、芸人仲間との交流で気づいたのは「人としての営み」の大切さ。先輩である銀シャリ・橋本さんから贈られた、驚くほど真っ直ぐな言葉とは。孤独を抱えながらも走り続ける現代人に贈る、再起の記録です。
銀シャリの橋本さんが「俺ら、友達だからね」と
── 昨年夏に体調不良で一時休養されました。
前田さん:はい。2年ほど前に円形脱毛症に気づいたんです。それ以来、どうすれば状態がよくなるか、自分が夢中になれそうな趣味を持とうとしたり、いろいろ模索していました。でも、高校で甲子園を目指していたころ体を大きくする目的のためだけにご飯を食べていたように、仕事でも目的合理主義なところがあって。どうすれば自分たちが売れるか、逆算で考えて、行動することに少し偏っていたのかもしれません。

その結果、無意識に仕事の責任をひとりで背負うようになって、いつしか蓄積されていったストレスが体に出てしまったようでした。円形脱毛症になったことで、ストレスが体に出ると知ったことはひとつの発見でした。
── 休養中はどのように過ごされていたのでしょうか。何か印象に残っていることはありますか?
前田さん:まわりの人がすごく心を配ってくれているのを日々感じていました。事務所の先輩や芸人の先輩方もそうですし、作家の朝井リョウさんや西加奈子さんたちが「ご飯に行こう」って誘ってくれて。あるときは、友達がドアノブに何日分かの食料品が入ったレジ袋をかけておいてくれたこともありました。
そんななか、お笑いコンビ・銀シャリの橋本さんが花火に誘ってくれて、新潟の長岡まで一緒に観に行ったんです。橋本さんは、僕が学生のころから活躍されていた大先輩で、以前から仲よくしていただいてはいたんですが、「友達だから心配してた」と言ってくださったのには驚いたし、すごくうれしかったですね。もし休養期間がなかったら、そういった気持ちの言語化を耳にできなかったかもしれない。そういう意味でも大事な時間になりました。
── 相方の高岸さんやご家族との関係性で何か変化を感じたことはありますか?
前田さん:高岸や家族との関係性は特に変わらなかったですね。独身ですから、正直「俺はひとりで生きている」って思っていたところがあったけれど、それは違うんだと。結局は周りの人たちから支えてもらいながら生きているんだと再確認しました。今回のように、自分の体調不良のときに誰かからよくしてもらったことってすごく覚えているだろうなと感じたり、僕も身の回りで自分と似た経験をした方がいたら少しでも力になりたいなと思ったりしましたね。