1日19時間、馬車馬のように働く日々

── その後、ご家族でスペインに移住されます。
ペピーさん:1989年、夫の希望で、一家でバルセロナへ渡りました。ちょうどバルセロナ五輪の時期で、仕事もあるだろうと見込んで移住したんですが、現実は甘くありませんでしたね。私が「馬車馬」になって家族を支えるしかない、と腹をくくりました。
オリンピックでスペインを訪れる日本人が多かったので、観光ガイドの仕事をしたのですが、とにかく忙しかった。朝はお客さまを空港に迎えに行ってそのまま観光案内をして、夕食後のフラメンコショーを終えたらホテルへ送り届ける。帰宅は深夜1時半。翌日も朝4時半に起きてまた空港へ。1日19時間近く勤務する日々が4〜5年続いて、声を張り上げすぎて喉にポリープができたほどです。
── 1日19時間も…。4人の育児と仕事と両立するのは、相当ハードな生活だったでしょうね。
ペピーさん:19時間のうち、ところどころお客さまのフリータイムがあったのでその間に少し休むか、フリータイムが2時間あれば、そこですべての家事を済ませていました。スーパーへ走って家に戻り、夕飯の支度をすべて済ませてまた現場に戻る。3台持ち歩いていた携帯電話は常に鳴りっぱなしでした。そのぶん、経済的には安定しました。10年のマンションローンも完済し、「これで子どもたちを守れる」と誇らしかったです。
でも、忙しさで夫とはすれ違っていきました。私が大黒柱として家族を養えば養うほど、夫婦のバランスが崩れていったんです。いろいろ重なって、1993年に子どもを連れて日本へ戻り、約11年の結婚生活にピリオドを打ちました。
3人目の夫はブティックを営む知り合いの息子さんで、12歳年下でした。当時私は41歳でしたが「ペピーの子どもが欲しい」と情熱的なアプローチに心が動いて、結婚を決めました。結婚式の招待状を送り、あとは当日を迎えるだけだったんです。ところが、結婚式の2日前、彼が突然、姿を消しました。天国から地獄に突き落とされたようでした。あとから、家族の強い反対や経済的な問題で追い詰められた末の失踪だったと知りました。その後、彼と再会することができて、彼と私が和解して42歳で結婚し、娘を授かりました。ただ、暮らしの中で信頼が揺らぐ出来事が重なって、離婚という選択になりました。