「相手に尽くしすぎました。やりすぎると夫婦のバランスって崩れるんですよね」。エンターテイナー・城田優さんの母ぺピーさんは、3度の結婚と離婚、父親の違う5人の子育てという波瀾万丈な人生を歩んできました。自己犠牲の果てにたどり着いた「本当の愛」の形とは。複雑な環境下で、子どもたちが「母をいちばん尊敬している」と断言する背景にある、ひとりの女性としての覚悟に迫ります。

7年の結婚生活で一度も食事を共にしなかった夫

吉村ペピー
次男が飼っている犬を愛おしそうに抱くペピーさん

── エンターテイナー・城田優さんをはじめ、異なる父親を持つ5人の子どもを育ててきたスペイン出身のぺピーさん。これまでに3度の結婚と離婚を経験されてきました。ご自身では、波乱万丈なその歩みをどう受け止めていますか。

 

ペピーさん:日本では「3回結婚して離婚した」と言うと驚かれることが多いんですけれど、決して好き勝手に生きてきたつもりはないし、我慢がたりなかったとも思っていません。ただ、夫婦としての信頼が崩れてしまうと、修復しようとしてもどうにもならない時がある。そういう状態のまま、世間体のために仮面夫婦を続けるほうが、私には苦しくて不自然に感じました。

 

── たしかにそうかもしれないですね。では、それぞれなぜ離婚したと思いますか?

 

ペピーさん:3回とも尽くしすぎて失敗したんです(笑)。やりすぎると夫婦のバランスって崩れるんですよね。ただ、誰のことも恨んでいないし、根に持ってもいません。元夫たちとは今もいい関係で、何かあれば助け合います。私の中では「離婚=縁が切れる」じゃないんです。

 

とはいえ結婚生活は、どれも波乱万丈でした。最初の結婚は20歳の時。私はスペイン在住のスペイン人でしたが、語学を学ぶために、バルセロナに来ていた日本人の彼と出会った瞬間、「この人は私の子どもの父親になる人だ」と直感したんです。幼い頃、祖母の家にあった裁縫箱に描かれた芸者さんの絵を見て「将来は日本へ行く」と決めていた私にとって、それは運命でした。でも、名古屋で始まった結婚生活は、思い描いたものとは違っていました。

 

── 当時は、日本語もほとんど話せなかったそうですね。どんな日々だったのでしょう。

 

ペピーさん:夫は会社を経営していて忙しく、7年間の結婚生活で一度も一緒に食事をしたことがありませんでした。知り合いもいない異国で、バラを飾って食事を用意して帰りを待つ日々。時々、見知らぬ女性から電話がかかってくることもあって、「これは私の求めている生活じゃない」と心が冷めていきました。周りからは「夫なんてお金さえ入れてくれればいいのよ」と言われたけれど、私はそうは思えなかったんです。結局、7年で離婚して、2人の子どもを連れて東京へ出ました。

 

その後、縁があってテレビ番組でレポーターをしていた頃、番組の作家をしていた男性と再婚しました。1984年のことです。クールな外見なのに、ふと見せる優しさのギャップに惹かれたんです。そこで授かったのが2人の子どもです。前夫と合わせて4人目の子どもだった優は4250グラムの大きな子でしたが、2時間で生まれました。超安産でしたね。