バラエティ番組でのぶっちゃけトークによって、「崖っぷち」キャラを確立させた手島優さん。しかし、当時は「自分が思っていた方向と違っている」と感じ、葛藤を抱えていました。
本来の自分は「手島優」とは真逆のキャラで

── 手島さんは『ゴッドタン』や『ロンドンハーツ』などのバラエティ番組でのぶっちゃけトークで話題を集め、「崖っぷち」キャラとして人気を博しました。当時は共演者からキツめのいじりをされることもあったと思いますが、ご本人的にはどういう思いがありましたか?
手島さん:自分的には「崖っぷち」のイメージでやっていたわけではないので、そういう感じで扱われるのは「なんでだろう?」と思っていました。それでも自分が思っていた方向と違うところにいっているのは感じていたし、そこに対する葛藤がありました。
でも、番組を作っているスタッフの方から「こうしてほしい」という要望があるなかで、私自身も「爪痕を残さなきゃ」と思っていたところがあって。だから、スタッフさんたちの要望に一生懸命に応えていたんですけど、頑張りすぎちゃったのかな(笑)。だんだん「崖っぷち」と言われるようになってきて、当時は本来の自分を見失っていたし、精神的にもかなり病んでいました。
── 手島さんが思う「本来の自分」とは?
手島さん:本来の私は毒舌を言ったり、下ネタを言ったりしないんですよ。わりと穏やかなタイプというか、世間的に思われている「手島優」のイメージとは真逆なところにいると思います。だから、当時は自分が思っていることと逆のことを言えばいいんだと思ってやっていました。それはそれでオンとオフの切り替えやすさはあったのかもしれないですけど、やっぱり自分が思ってもいないことを言い続けるのはつらかったです。だから、仕事は大好きなのに、やればやるほど苦しくなっていく時期が続きました。
── タレント活動の方向性も自分が思っているのと違っていたということですが、ご本人的に望んでいた立ち位置はどのようなものでしたか?
手島さん:もともとグラビアをやっていましたが、自分の中ではキャピキャピした清純派のアイドルみたいな感じをイメージしていました。そこにいるだけでちやほやされる感じ、というか(笑)。だけど、私の場合はそういうアイドルの方が現場にいると、その子たちを持ち上げて自分を下げるみたいな役回りで、当時は「私もそっちに行きたかったのに、なんでこんな汚れ役をさせられるんだろう」と思っていました。本当に「白」と「黒」みたいな扱いでしたし、当時は親にも心配されていました。
── ご両親的には「うちの娘がこんな発言を…」となりますよね。
手島さん:すごく心配してくれていたんですけど、私は「今、これをやらないと芸能界で生き残れないから、とにかく頑張りたい」と。両親も「それなら一緒にがんばろう。わかる人はわかってくれるよ」と言ってくれたので、全力で「手島優」というキャラクターになりきろうとしていました。
── ただ、30代の半ばを超えたころから仕事が減ってきたそうですね。その当時、出演されていたバラエティ番組では「仕事をするのは月に2回くらいで、それ以外の時間は家に引きこもっている」と話されていました。
手島さん:そうですね。「旬な子が出てくれば、私なんかは飽きられる」とは思っていましたが、それでも「手島優」というキャラクターはみんなで作ってきたのに「なんで最後までめんどうをみてくれないの?」と、当時は思っていました。でも、今考えると、当時の自分はすべて他人任せで、自分でも考えることをしていなかったんだと思います。反省するところがたくさんありますね。
── 今でも「手島優」のキャラクターを求められるときがあるのでは?
手島さん:そうなんですよ。今は子どもがいますし、昔ほど激しい話をしているわけではないんですが、この前、久しぶりにゴールデンの番組に出演したときに「手島優って、ゴールデンに出ていい人だっけ?」というSNSの書き込みを見つけてしまって。それはちょっとショックでしたね。だって、私は何もやらかしていないし、スキャンダルが出たことも1度もないんですよ。なのに、世間的にはそう思われているんだなって。そういうところで傷つくことは今もありますね。