多忙から一転「月収3万円切ることも」
── ところが、2012年の番組卒業を境に、順調だったキャリアの流れが変わってしまいました。
逸見さん:番組を卒業したとたん、仕事がピタッとなくなって、スケジュールが真っ白になりました。どこからも声がかからず、「あれだけ自分をさらけ出して全力でやったのに、次につなげられなかった」と、ひどく落ち込みました。自分はいったい何者なんだろうと、アイデンティティを失ったような感覚でした。
── 収入も激減し、生活も大きく変わったと伺いました。結婚された時期とも重なります。
逸見さん:知人の紹介でイベント司会などをして何とか食いつないでいましたが、月収が3万円を切る月もありました。会社員として働いていた妻のお弁当を作ったり、家事もできる限りやるようにして。自暴自棄になるのではなく、落ち込んだときこそ生活リズムを崩さないようにと、規則正しい生活を心がけ、お酒は週1回、タバコはやめました。
── 恵まれた「2世」というイメージを持たれることが多いと思います。実際に生活レベルを落とさざるを得ない状況になったとき、プライドが邪魔をするようなことはなかったのでしょうか。
逸見さん:世間の方からは「親の遺産で豪邸に住んで優雅に暮らしている」というイメージを持たれていたかもしれませんが、実際はそんなことはありません。派手な暮らしをしていたわけではありませんし、妻にも驚かれるくらい物欲はないんです。ですから、生活レベルを落とすこと自体には、まったく抵抗はありませんでした。
ただ、逆に言えば、「上を目指して何でもやる」というハングリー精神のなさが、厳しい芸能界での生存競争にはマイナスに働いていたのかもしれません。自分の甘さを突きつけられた時期でした。

── そこから再び人生のスイッチが入ったきっかけは何だったのでしょうか。
逸見さん:2019年、46歳のときに子どもが生まれ、「この子のために何としても頑張らないと」という気持ちが芽生えました。そこで、人生で初めて求人サイトでアルバイトを探したんです。
学生時代に留学をしていたので、最初は英語を活かせる仕事を求めて、外国人の送迎ドライバーやデパートのスタッフ募集に応募し、何件か採用もいただきました。そんななかで見つけたのが、幼児体操の指導員の募集だったんです。