「パートと同じ境遇」体操指導員の仕事へ

── なぜ、それまでの仕事と異なる分野である幼児体操の仕事に惹かれたのですか。

 

逸見さん:もともとスポーツが得意でしたし、これから自分の子育てでも、役に立ちそうだなという直感があったんです。面接に行くと、55年続く伝統のある体操教室で、校長先生がとても熱い方で。「あなたが誰かは知っています。でも、ここは学生や主婦を募集している現場だし、特別扱いはできない。それでもいいですか?」と。その真っすぐな人柄に惹かれ、「ぜひお願いします」と飛び込みました。

 

── 実際に現場に入ってみて、最初にどんなことを感じたのでしょう。

 

逸見さん:これが驚くほど楽しくて、これまでにない感覚がありました。私自身、学生時代に野球に打ち込んできましたが、幼児体操を通じて体の使い方を改めて学ぶことで「当時これを知っていればもっとパフォーマンスが上がったはずだ」といった発見の連続でしたね。

 

また、自分自身の育児にとっても、非常に刺激になることが多かったんです。いちばん驚いたのは、現代の「褒めて伸ばす」教育でした。昭和の厳しい時代に育った私は、「できないと叱られる」のが当たり前。でもそこでは違っていました。「1回だけやってみようか」と誘導し、「よくできたね!じゃあ次は2回やってみよう」と小さな成功体験を積み重ねていく。叱るのではなく、どうやって子どものやる気を引き出すか。新しい発見と子どもたちのポジティブなエネルギーに満ちた現場でしたね。

 

── 子どもたちと向き合う日々は、逸見さん自身にどんな変化をもたらしたのでしょう。

 

逸見さん:妻からは「前向きな言葉が増えたよね」と、言われるようになりました。子どもたちの純粋なエネルギーを浴びていると、自分自身も生き生きしてくるのを感じていました。50歳を過ぎてから、自分が体を動かし、誰かをサポートする仕事に向いていると気づけたことは、本当に幸せなことでしたね。

 

── そして2025年1月、ご自身の教室「アクティブキッズPE」を立ち上げられました。これからの展望を教えてください。

 

逸見さん:まだまだ試行錯誤の連続です。集客や広告宣伝の難しさ、競合の多さなど、経営者として向き合う課題がありますが一歩ずつ前進しています。現在は幼稚園や会員制施設への派遣指導が中心ですが、自由が丘で週1回のクラスも開講し、地域の皆さまに向けて少しずつ活動の幅が広がっています。

 

司会の仕事への情熱も消えてはいません。新しいことに思いきって飛び込んだことで、芸能界にいただけでは出会えない方々と一緒に仕事をさせていただく機会にも恵まれました。50代から人生でこんなに新しい展開が待っているなんて、自分でも想像していませんでしたね。今は子どもたちと向き合いながら、できることをひとつずつ積み重ねていきたいです。

 

取材・文:西尾英子 写真:逸見太郎、オフィスいつみ