事業の成功で漁師たちは借金をすべて返済
── 萩大島での「船団丸」事業が始まって14年。現在の展開について教えてください。
坪内さん:2014年に個人事業「萩大島船団丸」としてスタートしましたが、その後法人化し、「株式会社GHIBLI」を立ち上げました。漁師が獲った魚を、当社が保有する「船団丸」ブランドで全国に販売するスキームにしています。禁漁期には他の漁港のコンサルティング業務を担ってもらうなどして、漁師を通年雇用できるようになりました。そうすることで出稼ぎに行く必要がなくなり、人口流出も防げるようになりました。
── 当初「漁業の状況が厳しい」と坪内さんに仕事を依頼した長岡さんをはじめとした漁師さんたちの経済状況はどうなりましたか?
坪内さん:萩大島に関しては、漁師の長岡たちが長年抱えてきた漁協からの造船の借金をすべて返済できました。滞納が続いていた船員保険、一般でいう社会保険料をちゃんと一括で納入することもできたそうです。漁師の給与も上がり、6次産業がまわるようになったことで、私は運営から手を離しました。いまは、萩大島以外の全国21拠点で6次産業化の展開を支援しています。
── ひとつの地域に長く関わり続けるのではなく、6次産業化のノウハウを全国各地に展開していくんですね。
坪内さん:かつては私自身が現地に足を運び、立ち上げを支援してきましたが、今では多くの産地が私の手を離れて自走しています。6次産業化の本来の定義は「1次産業者が自分たちの力で加工や販売まで行うこと」。だからこそ、うちは長く介入せず、漁師さんたちが自立できるようになったら、手放すようにしています。そしてそのノウハウが別の漁村に伝わっていくことこそが、日本の漁業全体のサステナビリティに繋がると信じています。
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荒くれ漁師たちとの衝突を繰り返しながら、誰も挑んだことのなかった仕組みを形にし、漁業の現場に新しい風を吹き込んだ坪内さん。その突破力の裏には、4畳半一間で始まったシングルマザーとしての暮らしや、年間300泊にも及ぶ子連れ出張、そして再婚を約束していたパートナーとの死別といった、さまざまな歩みがありました。
取材・文:石野志帆 写真:株式会社GHIBLI